「またねがあれば」は、ボカロP・risou(現・澤田空海理/Sori Sawada)が手がけた、別れを迎える恋人への未練と感謝を描いた楽曲だ。2017年1月28日に公開された初音ミク版を出発点に、當山みれい、しゅーずなど幅広いアーティストがカバーし、世代や歌唱スタイルを超えて聴き継がれている。
特に注目したいのは、歌詞に登場する「36ヶ月」という具体的な時間、別れ話を先延ばしにしようとする主人公の心理、そして「またねがあれば」というタイトルに込められた希望と諦めの二面性だ。2026年現在、原曲とセルフカバー、當山みれい版、しゅーず版の違いを整理しながら、歌詞考察、発表日の経緯、制作背景、JOYSOUNDでの配信情報まで詳しく解説する。
【作品の基本情報】またねがあればは誰が作った?risouとSori Sawadaの関係

「またねがあれば」の作詞・作曲を担当したのは、risouという名義で活動していた音楽クリエイターだ。
現在は、シンガーソングライター・作編曲家の澤田空海理(さわだ・そうり)として活動している。
risouとSori Sawada、澤田空海理は同一人物
検索すると、同じ楽曲に対して「risou」「Sori Sawada」「澤田空海理」という3種類の名前が登場する。
これは別々の作家が同じ曲を制作したわけではない。活動名義の変遷によるものだ。
日本クラウンの公式プロフィールによると、澤田空海理は2021年3月にSori Sawadaから本名名義へ変更して活動している。
ボーカロイド楽曲を制作していた時代の名義がrisouであり、シンガーソングライターとしての活動ではSori Sawada、そして現在の名義が澤田空海理という関係になる。
またねがあればの作品概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 楽曲名 | またねがあれば |
| 原曲の制作者 | risou |
| 現在のアーティスト名 | 澤田空海理 |
| 原曲のボーカル | 初音ミク |
| 作詞 | risou |
| 作曲 | risou |
| ジャンル | ボカロ・失恋バラード |
| 初音ミク版投稿 | 2017年1月28日 |
| 當山みれい版 | 2021年8月4日 |
| しゅーず版 | 2023年3月15日 |
| セルフカバー | 2022年2月23日発売『振り返って』収録 |
原曲の投稿記録はニコニコ動画の楽曲データベースなどで確認できる。また、日本クラウンの公式プロフィールでは、當山みれいや花譜など、幅広い歌手がカバーしてきた代表曲として紹介されている。
なお、當山みれいの公式リリース告知では原曲を「2018年に発表した失恋ソング」と紹介している。一方、初音ミク版の動画投稿記録は2017年1月28日だ。動画投稿日と後年の公式紹介における発表年は、区別して理解したい。
失恋ソングとして支持される理由
この曲の特徴は、別れを悲しむだけの歌ではないことだ。
誕生日プレゼントを渡せないこと、見せたかった服が無駄になること、部屋を片付けなければならないこと。
描かれているのは、恋人との関係が終わるときに初めて意識する、ごく具体的な生活の変化である。
壮大な愛の言葉よりも、寝顔や靴下、花束といった身近な記憶を並べることで、失恋の現実味を生み出している。
そのため、恋愛経験のある人ほど、自分の過去の出来事を重ね合わせやすい構成になっている。
【歌詞考察】またねがあればに込められた未練と本当の意味
この曲を理解するうえで重要なのは、主人公が最初から別れを受け入れているわけではないという点だ。
表面的には軽口を叩き、相手を責めるような言葉も出てくる。しかし、その裏には関係を終わらせたくないという強い感情が隠れている。
1. 後悔を数えることで別れを受け止めようとする
冒頭では、主人公が自分の後悔を数え始める。
最初に挙げられるのは、誕生日プレゼントを渡せなくなること。そして、相手に見せたかった服が無駄になってしまうことだ。
一見すると、別れそのものより小さな出来事を気にしているようにも見える。
しかし、ここに作品の巧みさがある。
本当に大切なのは、プレゼントや服そのものではない。それらを渡したかった相手が、もう自分の隣にいなくなるという事実だ。
主人公は、関係の終わりを正面から見つめる代わりに、具体的な後悔を一つずつ並べている。
そして、別れなければならないことを三つ目の後悔として数える。
この少し投げやりな語り口には、悲しみを認めたくない気持ちがにじんでいる。
2. 春・夏・秋へと別れ話を先延ばしにする心理
特に印象的なのが、別れ話をする時期を季節ごとに変えようとする場面だ。
春なら相手も言いにくいだろう。夏なら涙を汗に紛らわせられる。暑いのが嫌だから秋にしよう。
この一連の言葉は、ユーモラスでありながら非常に切ない。
主人公は本当は別れを先延ばしにしたい。
しかし、相手が別れを決めている以上、季節を変えても結果は変わらない。
ここで重要なのは、主人公自身もそのことを理解している点だ。
季節を選ぶ提案は、現実的な解決策ではない。別れを受け入れるまでの、ほんの少しの猶予を求める行動として読める。
笑えるような言い回しの中に、どうしようもない未練が存在している。
3. 「半生分の幸せ」と「一生分の後悔」は矛盾するのか
歌詞の中盤では、3年間の思い出が振り返られる。
ここで主人公は、同じ36ヶ月について、幸せだったという感情と、後悔が残るという感情を同時に語る。
この二つは矛盾しているわけではない。
むしろ、恋愛が終わる瞬間に起こる複雑な心理を表している。
一緒に過ごした時間は間違いなく幸せだった。しかし、その幸せが二度と戻らないことを考えると、もっと何かできたのではないかという後悔も生まれる。
加えて、主人公は「私だけだったのかな」という疑問を抱く。
ここには、相手と自分の愛情の大きさが同じではなかったのではないかという不安がある。
別れそのもの以上に、相手にとって自分がどれほど大切な存在だったのか分からないことが苦しいのだ。
4. 「まだ好きだったんだ」という感情の正体
物語が進むと、主人公は自分の感情を整理していく。
怒り、悲しみ、後悔、恥ずかしさ。
さまざまな感情が入り交じる中で、最後に残るのは、まだ相手を好きだったという事実だ。
この告白が重要なのは、主人公が最初から素直に愛情を表現できていたわけではないからだ。
普段は絶対に言わない感謝の言葉。何気ない生活習慣。相手がくれた花束。
そうした日常の断片が、失って初めて大きな意味を持つ。
この作品が描くのは、恋人を失う悲しみだけではない。
当たり前だと思っていた日常が、実はかけがえのない幸福だったと気づく瞬間でもある。
5. タイトル「またねがあれば」の意味
「またね」は、一般的には再会を前提とした別れの言葉だ。
しかし、この曲では、その言葉を簡単には使えない。
また会える保証はない。それでも、もう一度会える可能性を願ってしまう。
タイトルに含まれる「があれば」という条件表現も重要だ。
「また会える」と断言しているのではなく、「もしまた会える機会があるなら」という希望を残している。
つまり、確かな未来ではなく、不確かな可能性にすがっているのだ。
最後に残るのは、相手を責め続ける気持ちではない。幸せだった時間への感謝と、もう一度会いたいという願いである。
【36ヶ月の意味】なぜ3年ではなく36ヶ月と表現したのか
「またねがあれば 歌詞考察」で特に検索されるのが、36ヶ月という数字だ。
結論からいえば、36ヶ月は3年間を意味する。
歌詞の後半にも3年分の思い出を振り返る表現が登場するため、数字そのものは3年間の交際・共同生活を表すものとして読むのが自然だ。
36ヶ月は単なる期間ではない
なぜ「3年間」ではなく「36ヶ月」と表現したのか。
ここには、時間の感じ方の違いがある。
「3年間」という言葉は、ある程度まとまった期間を俯瞰する印象を与える。
一方、「36ヶ月」は、月ごとに積み重ねてきた時間を意識させる。
毎月訪れる記念日、季節の移り変わり、一緒に過ごした何気ない日々。
そうした細かな時間の積み重ねが、36ヶ月という数字に凝縮されているように感じられる。
また、3年間という時間は、長すぎるわけでも短すぎるわけでもない。
生活の習慣が自然にでき上がり、相手の癖や日常の行動が当たり前になるには十分な時間だ。
そのため、別れたときに失うものは恋愛感情だけではなく、生活そのものになる。
36ヶ月と共同生活の関係
歌詞には、一緒に暮らしていたことを示す描写がある。
特に部屋を片付けなければならないという場面は、二人の生活空間が共有されていたことをうかがわせる。
だらしない寝顔や、片方が見つからない靴下といった描写も、長く一緒に過ごした二人ならではの距離感を表現している。
ここで注目したいのは、恋愛の象徴として一般的に使われる指輪や高級なプレゼントではなく、日常生活の細部が中心になっていることだ。
一緒に暮らした人にしか分からないような小さな出来事こそ、別れた後に強く記憶に残る。
36ヶ月は実話の期間なのか
歌詞の具体性から、実際の恋愛経験をもとにしているのではないかと考える人もいるだろう。
ただし、36ヶ月という期間を澤田空海理本人の特定の交際期間と結び付ける公式説明は確認できない。
そのため、作品内の主人公が経験した3年間として捉えるのが適切だ。
作者の実体験と作品の語り手を完全に同一視する必要はない。
歌詞に具体性があるからこそ、聴き手が自分自身の経験を重ねられる余白も生まれている。
【原曲とカバーの関係】初音ミク・當山みれい・しゅーずを時系列で比較
「またねがあれば」の魅力は、異なる歌い手によって作品の印象が変わることにもある。
原曲はボーカロイドによる歌唱だが、その後は実際のシンガーや歌い手によって新たなアレンジが施されてきた。
ここでは、主要な音源の発表経緯を整理する。
またねがあればの発表・リリース年表
| 時期 | アーティスト・作品 | 特徴・制作情報 |
|---|---|---|
| 2017年1月28日 | risou feat.初音ミク | ニコニコ動画に原曲を投稿 |
| 2020年4月28日 | risou | 原曲の配信音源がリリース |
| 2021年3月 | 澤田空海理 | Sori Sawadaから本名名義へ変更 |
| 2021年8月4日 | 當山みれい | トオミヨウ編曲によるカバーを配信 |
| 2022年2月23日 | 澤田空海理 | アルバム『振り返って』にセルフカバーを収録 |
| 2023年3月15日 | しゅーず | 5thアルバム『CONNECT』にアレンジ版を収録 |
初音ミク版の投稿年月日はボカロ楽曲データベースの記録に基づく。risou名義の配信音源はTuneCore Japanの作品情報で2020年4月29日付とされており、配信サービスによって日付表記に違いがある。
また、2021年の當山みれい版は本人の公式サイトとソニー・ミュージックレーベルズの発表で確認できる。2023年のしゅーず版はポニーキャニオンの公式作品情報に掲載されている。
初音ミク版:作品の原点となる歌声
ボーカロイド特有の均質で人工的な歌声は、主人公の感情を聴き手が自由に想像する余地を残している。
人間の声のように息遣いや声の揺れが前面に出ない分、歌詞そのものに意識を向けやすい。
特に、日常的な言葉と強い感情が同居するこの作品では、初音ミクの声が独特の距離感を作り出している。
當山みれい版:トオミヨウのアレンジが生む新しい表情
當山みれい版は2021年8月4日に配信された。
編曲を担当したのはトオミヨウだ。
ソニー・ミュージックレーベルズの公式発表では、ローファイな質感を生かしたエモーショナルな仕上がりと紹介されている。
澤田空海理本人も當山の歌唱について、生活感から離れた歌姫を思わせる表現力と、歌に対する実直さを評価した。
本人のコメントには、この楽曲が自身の活動を支えてくれる大切な一曲になったという思いも込められている。
初音ミク版と比較すると、人間の歌声によって主人公の感情を直接受け取れる点が大きな違いだ。
しゅーず版:低音とスローテンポで際立つ未練
しゅーず版は、2023年3月15日発売の5thアルバム『CONNECT』に収録された。
編曲はPENGUIN RESEARCHのキーボーディスト、柴﨑洋輔が担当している。
しゅーず本人は、このアレンジについて原曲よりもローテンポになり、より「沁みる」曲になったという趣旨のコメントを残している。
また、楽曲の世界観を映像でも表現したいという希望から、ミュージックビデオも制作された。
男女の恋愛模様を描いた映像は、歌詞に登場する二人の関係性を視覚的に想像する手がかりになる。
特に、男性ボーカルによって歌われることで、原曲とは異なる印象を受ける人もいるだろう。
【カバー比較】當山みれい版としゅーず版は何が違う?
同じ歌詞でも、歌い手と編曲者が変わると、聴き手が受け取る感情の方向性は変化する。
この違いを理解するには、単に歌声の好みだけで判断するのではなく、アレンジと表現の組み合わせを見ることが大切だ。
3つの主要バージョンの聴き比べ
| 比較項目 | 初音ミク版 | 當山みれい版 | しゅーず版 |
|---|---|---|---|
| 歌唱 | 初音ミク | 當山みれい | しゅーず |
| 公開・発売 | 2017年 | 2021年 | 2023年 |
| 編曲 | 原曲版 | トオミヨウ | 柴﨑洋輔 |
| 歌声の特徴 | ボーカロイドの歌唱 | 女性シンガーの表現 | 男性歌い手の低音表現 |
| アレンジの特徴 | 原曲の世界観 | ローファイな質感 | 原曲よりスローテンポ |
| 注目ポイント | 歌詞と物語への集中 | 感情の直接的な伝わり方 | 別れの余韻と切なさ |
聴き比べポイント1:歌声の違い
初音ミク版では、歌い手の個人的な感情表現が限定される分、聴き手自身が主人公の気持ちを想像しやすい。
當山みれい版は、実際の人間の歌唱による繊細な表現が魅力だ。
しゅーず版では、男性ボーカルという違いもあり、歌詞を別の角度から受け取れる。
特に、恋愛の当事者を特定の性別に限定せずに聴きたい人にとって、興味深い選択肢になる。
聴き比べポイント2:テンポと編曲の違い
しゅーず版は、本人が原曲よりローテンポと説明している。
テンポが落ち着くことで、一つひとつの言葉を受け止める時間が生まれ、別れの余韻を強く感じやすい。
一方、當山みれい版はトオミヨウによるローファイなアレンジが特徴だ。
同じ別れの歌でも、音の質感によって受ける印象は変わる。
聴き比べポイント3:どの場面に注目するか
おすすめは、冒頭から聴き比べるだけでなく、次の3つの場面を意識することだ。
- 別れ話を先延ばしにしようとする場面:主人公のユーモアと未練を比較する。
- 36ヶ月を振り返る場面:幸せと後悔の混ざり方に注目する。
- 最後に感謝を伝える場面:別れを受け入れようとする表現の違いを聴く。
同じ歌詞を使っていても、歌声によって主人公の年齢や性格、相手への向き合い方まで違って感じられる。
澤田空海理本人によるセルフカバーも必聴
カバー比較で忘れてはいけないのが、2022年2月23日発売のミニアルバム『振り返って』に収録されたセルフカバーだ。
この作品では、澤田空海理自身が「またねがあれば」を歌い直している。
アルバムの公式トレーラーによれば、作詞・作曲・編曲は澤田空海理が担当し、ドラムなどの個別クレジットを除く楽器演奏も本人が担っている。
つまり、ボーカロイド版を作ったクリエイター自身が、今度は自分の声で作品を表現したバージョンだ。
初音ミク版を知っている人にとっては、作品の原点と、その後の作者自身の表現を比較できる貴重な音源となっている。
【制作背景と発表日】またねがあればが広がった理由
この楽曲が長く聴かれている背景には、ボーカロイド文化と歌ってみた文化、そしてシンガーによる再解釈がある。
2017年のボカロ文化から広がった楽曲
2017年1月28日、risouは初音ミク版を動画投稿サイトに公開した。
この時期のボーカロイド楽曲は、動画投稿サイトを通じてリスナーが作品を発見し、歌ってみた動画や演奏動画などを通して広げていく文化と強く結び付いていた。
「またねがあれば」も、そうした広がりの中で多くの歌い手に取り上げられていった。
2024年の音楽メディアrockin'on.comのインタビューでも、澤田空海理が2017年の動画投稿をきっかけに共感を集めた経緯が紹介されている。
2021年の當山みれい版が再注目のきっかけに
當山みれい版のリリースは、楽曲がボーカロイドの枠を超えて広がる大きな節目となった。
2021年8月4日に配信され、同時にリリックビデオも公開された。
ソニー・ミュージックレーベルズの発表では、当時すでにYouTube上のカバーなど関連動画の総再生回数が300万回を超えていたと紹介されている。
加えて、日本クラウンの公式プロフィールでは、當山みれいや花譜などによる幅広いカバーが紹介され、カバー動画の総再生回数は1,000万回を超えたとされている。
この数字は特定の一つの動画の再生数ではなく、カバー動画全体に関する紹介である点に注意したい。
2022年のセルフカバーが示した作品の広がり
2022年の『振り返って』への収録は、作者自身が作品を再解釈した重要な機会だった。
澤田空海理は、同アルバムで過去の楽曲を再録した理由について、収録曲がある大切な人物に関係する作品だったという趣旨を音楽メディアSkream!のインタビューで説明している。
これは2022年のアルバム全体の制作背景に関する発言であり、2017年の歌詞のすべてを自伝的な出来事と断定するものではない。
それでも、作者自身が過去の楽曲を改めて歌い直したことには、作品の時間的な広がりを感じさせる意味がある。
しゅーず版によって新しいリスナーにも届く
2023年には、しゅーずの5thアルバム『CONNECT』に「またねがあれば(Arrange Ver.)」が収録された。
アルバムのテーマは「繋がる」。
既存の歌ってみた楽曲や新規書き下ろし作品などが収録され、その中に「またねがあれば」も加わった。
この選曲は、過去に投稿されたボカロ曲を新しい歌声とアレンジで届けるという、カバー文化の魅力をよく表している。
【JOYSOUND配信情報】またねがあればはカラオケで歌える?
「またねがあれば」を実際に歌いたい人にとって気になるのが、カラオケでの配信状況だ。
JOYSOUNDの公式楽曲検索では、少なくとも初音ミク版と當山みれい版の配信情報が確認できる。
JOYSOUNDの曲番号
| アーティスト | 曲番号 | 配信状況 |
|---|---|---|
| risou feat.初音ミク | 693871 | 配信済み |
| 當山みれい | 492891 | 配信済み |
いずれもJOYSOUNDの公式楽曲検索に掲載されている番号だ。
機種によって収録状況が異なる場合があるため、利用店舗で事前に確認しておくと安心だ。
カラオケで歌う際のポイント
この曲は、単純に音程を合わせるだけでは魅力が伝わりにくい。
特に意識したいのは、歌詞の感情の変化だ。
前半: 軽口を交えながら別れを受け止めようとする。
中盤: 36ヶ月の思い出を振り返り、幸せと後悔を同時に感じる。
後半: 自分の本当の気持ちを認め、感謝を伝えようとする。
最初から最後まで悲しそうに歌うのではなく、感情が変化する過程を意識すると、楽曲の物語性が伝わりやすくなる。
また、歌詞の情報量が多いため、事前に原曲を聴いて言葉のタイミングを把握しておくのもおすすめだ。
【プロの結論】またねがあればを聴くなら何を基準に選ぶべき?
この楽曲の魅力は、単なる失恋の悲しみではなく、幸せだった時間を失うことへの複雑な感情にある。
だからこそ、どのバージョンを聴くかによって、作品から受け取る印象が変わってくる。
初音ミク版がおすすめの人
- 原曲の世界観を最初に理解したい。
- ボーカロイド特有の歌声が好き。
- 歌詞の意味をじっくり考察したい。
- 2017年当時の作品の雰囲気を味わいたい。
當山みれい版がおすすめの人
- 女性シンガーの表現力を楽しみたい。
- ローファイなサウンドが好き。
- 切ない恋愛バラードをよく聴く。
- 人間の声による感情表現を重視したい。
しゅーず版がおすすめの人
- 男性ボーカルの失恋ソングが好き。
- 落ち着いたテンポの曲を聴きたい。
- 低音を生かした歌唱が好み。
- 原曲とは違う視点から作品を味わいたい。
澤田空海理のセルフカバーがおすすめの人
- 作者自身の歌声で聴きたい。
- 初音ミク版との違いを知りたい。
- 『振り返って』というアルバム全体の世界観に触れたい。
最もおすすめしたい聴き方は、初音ミク版を基準にして、澤田空海理のセルフカバー、當山みれい版、しゅーず版の順番で聴くことだ。
そうすることで、ボーカロイド楽曲として生まれた作品が、作者自身や別の歌い手によってどのように再解釈されてきたのかが分かりやすくなる。
【またねがあれば】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:またねがあればの原曲を歌っているのは誰?
A1:原曲はrisouが制作した初音ミク版だ。作詞・作曲もrisouが担当している。現在の制作者名義は澤田空海理である。
Q2:またねがあればの36ヶ月とはどういう意味?
A2:36ヶ月は3年間を意味する。歌詞では一緒に過ごし、暮らした3年間の思い出を振り返っている。単なる期間ではなく、積み重ねてきた生活や愛情を象徴する数字として解釈できる。
Q3:またねがあればは死別の歌?
A3:公式の楽曲紹介では失恋ソングとして説明されている。歌詞も恋人との関係が終わる場面を中心に描いている。死別を明示する内容ではない。
Q4:當山みれい版はいつ発売された?
A4:2021年8月4日に配信リリースされた。編曲はトオミヨウが担当している。
Q5:しゅーず版は原曲と何が違う?
A5:柴﨑洋輔による編曲で、しゅーず本人は原曲よりローテンポになったと説明している。2023年3月15日発売のアルバム『CONNECT』に収録された。
Q6:またねがあればはJOYSOUNDで歌える?
A6:歌える。JOYSOUNDでは初音ミク版が693871、當山みれい版が492891として掲載されている。
Q7:またねがあればは実話なの?
A7:歌詞には共同生活や恋愛の具体的な描写があるが、36ヶ月という期間を作者本人の実際の交際期間と特定する公式情報はない。作品としての主人公の経験と、作者の私生活は分けて捉えるのが適切だ。
まとめ:またねがあればが伝える幸せと別れの本当の意味
「またねがあれば」は、risouが2017年に初音ミク版を発表した失恋ソングだ。
その後、澤田空海理本人のセルフカバーをはじめ、當山みれいやしゅーずなど、さまざまなアーティストによって歌い継がれてきた。
歌詞の中心にある36ヶ月は、3年間の共同生活を表す数字であり、幸せだった日々と別れへの後悔を同時に象徴している。
また、春・夏・秋へと別れを先延ばしにしようとする場面には、相手を失いたくないという主人公の本音が表れている。
原曲の初音ミク版、當山みれいのローファイなアレンジ、しゅーずのスローテンポなアレンジ、そして澤田空海理本人のセルフカバー。それぞれを聴き比べることで、同じ言葉が違う感情を生み出す面白さも味わえる。
この曲が心に残る最大の理由は、別れを美化していないことだ。
好きだったからこそ腹が立つ。幸せだったからこそ後悔する。そして、もう会えないかもしれないからこそ、最後には感謝を伝えたくなる。
「またねがあれば」という言葉は、再会の約束ではなく、再会できる可能性を最後まで捨てきれない人の願いなのだ。
2026年に改めて聴いても、この楽曲が描く感情は色あせない。原曲とカバーを聴き比べながら、自分自身の記憶と重ねてみると、また違った意味が見えてくるはずだ。