毎年夏、日本テレビ系の大型チャリティー番組『24時間テレビ』のフィナーレを彩ってきた名曲「サライ」。出演者やチャリティーランナー、会場の観客が一緒に歌う光景は、番組を象徴する恒例の演出として広く知られています。しかし、この曲が最初から番組の定番テーマソングだったわけではありません。
「サライ」が誕生したのは1992年の第15回24時間テレビです。加山雄三が作曲、谷村新司が作詞を担当し、全国の視聴者から寄せられた約9000通の愛のメッセージをもとに、わずか24時間以内で完成させるという前代未聞の企画から生まれました。2022年の加山雄三のラスト歌唱、2023年の谷村新司の逝去、2024年の堀内孝雄・武田鉄矢による追悼歌唱、2025年のオープニングでの披露を経て、2026年も番組のフィナーレで歌い継がれています。
【誕生秘話】サライは1992年の第15回24時間テレビで生まれた

「サライ」の誕生は、1992年8月29日・30日に放送された第15回『24時間テレビ』にさかのぼります。
この年の番組テーマは「愛の歌声は地球を救う」。番組の15回目という節目に合わせて、視聴者も参加できる新しいテーマソング制作企画が立ち上がりました。
特徴的だったのは、完成済みの楽曲を番組に採用するのではなく、放送中に視聴者から言葉を募り、その言葉を使って新曲を作るという方法です。
全国から届いた約9000通の愛のメッセージ
企画では、視聴者に「心のふるさと」をテーマとした愛のメッセージや歌詞のフレーズを募集しました。寄せられた応募は約9000通。全国から集まった膨大な言葉を整理し、一つの歌として成立させる必要がありました。
作詞を担当した谷村新司にとっても、簡単な仕事ではありません。多数のメッセージに込められた異なる人生や思いを、限られた時間の中で一つの作品へまとめる作業だったからです。
日本テレビの番組企画として始まったこの試みは、視聴者が単に完成した歌を聴くのではなく、自分たちの思いが楽曲の一部になるという参加型の音楽制作でした。
24時間以内に完成させるという異例の挑戦
制作の舞台裏については、谷村新司がパーソナリティーを務めていたJFNのラジオ番組関連の記事でも詳しく紹介されています。
その記事によれば、制作工程は次のように分担されていました。
- 加山雄三が約8時間をかけて作曲。
- 谷村新司が約8時間をかけて視聴者のメッセージを読み、歌詞をまとめる。
- 編曲を担当した羽田健太郎が約8時間をかけて編曲・譜面制作。
それぞれの工程を並行して進め、24時間という放送時間内に楽曲を完成させる仕組みです。
つまり「サライ」は、通常のレコーディングや楽曲制作とは異なる、テレビ番組そのものを舞台にした共同制作から生まれました。
当時の谷村は、膨大なファクスを読みながら歌詞をまとめる必要があり、現場には時間との戦いがあったといいます。それでも、加山雄三との初めての本格的な音楽共作という意味でも、特別な仕事になりました。
【制作陣を解説】加山雄三と谷村新司は何を担当した?
「サライ」の制作を語るうえで欠かせないのが、加山雄三と谷村新司の役割分担です。
2人はともに日本の音楽界を代表するアーティストですが、「サライ」ではそれぞれ異なる形で作品を支えました。
加山雄三は弾厚作名義で作曲を担当
加山雄三は、俳優としての「若大将」シリーズや、「君といつまでも」などのヒット曲で知られるアーティストです。
「サライ」の作曲者として記載される名前は、加山雄三の本名や芸名ではなく、弾厚作(だんこうさく)です。これは加山雄三が作曲活動で使用しているペンネームです。
したがって、作品のクレジットに「作曲・弾厚作」と記載されていても、加山雄三とは別の作曲家ではありません。
加山の旋律には、壮大さと親しみやすさが共存しています。多くの出演者が一緒に歌うことを前提とした番組企画において、合唱しやすいメロディーが生まれたことも、その後の定着につながりました。
谷村新司は視聴者の言葉を歌詞へまとめた
作詞を担当した谷村新司は、音楽グループ「アリス」のリーダーとしても知られ、「昴」「いい日旅立ち」など数多くの名曲を生み出してきたシンガー・ソングライターです。
谷村の役割は、単純にゼロから歌詞を書くことではありませんでした。全国から寄せられた視聴者のメッセージを読み込み、その中にある共通の感情や情景を抽出し、音楽として成立する言葉に組み立てることでした。
視聴者一人ひとりの言葉をそのまま並べるのではなく、誰もが自分の思いを重ねられる作品に仕上げた点に、作詞家としての力量が表れています。
羽田健太郎が編曲を担当
もう一人、忘れてはならない人物が編曲を担当した羽田健太郎です。
作詞と作曲が完成しても、演奏や合唱ができる形に整えなければテレビ番組では披露できません。羽田は譜面制作を含めた編曲を担い、短期間で楽曲を完成させるための重要な役割を果たしました。
3人の仕事が組み合わさることで、視聴者の言葉、加山の旋律、谷村の表現力、羽田の編曲が一つの作品になったのです。
【関係者一覧】サライを生み出した人物と作品の関係
制作に関わった人物の役割を整理すると、「サライ」が単独のアーティストによる作品ではなく、複数の専門性と視聴者の参加によって成立したことが分かります。
| 人物・要素 | 担当・関係 | 作品への貢献 |
|---|---|---|
| 加山雄三 | 作曲 | 弾厚作名義でメロディーを制作 |
| 谷村新司 | 作詞 | 視聴者の愛のメッセージを歌詞にまとめた |
| 羽田健太郎 | 編曲 | 演奏・合唱のための編曲と譜面制作 |
| 全国の視聴者 | 制作参加 | 約9000通のメッセージやフレーズを提供 |
| 日本テレビ | 企画・放送 | 第15回の記念企画として制作を実現 |
なお、作品の基本的なクレジットは、谷村新司が代表作詞、弾厚作が作曲、羽田健太郎が編曲という構成です。
この関係性を理解すると、加山雄三と谷村新司のどちらか一人だけを「サライの作者」とする説明が不十分であることも分かります。加えて、約9000通のメッセージを寄せた視聴者も、誕生の背景を形作った重要な存在です。
【曲名の意味】サライはペルシャ語で「宿」や「旅の宿」を表す
「サライ」というタイトルを聞いて、どのような意味なのか疑問に思う人も多いでしょう。
サライはペルシャ語の「sarai」に由来する言葉で、小学館のデジタル大辞泉では「宿」「旅の宿」と説明されています。
単なる故郷ではなく、旅人が帰り着く場所というイメージ
サライという言葉が持つ宿のイメージには、旅の途中で人が休息し、再び歩き出すための場所という意味合いがあります。
加山雄三が後年語った制作時の思い出によれば、谷村新司から電話で曲名に「サライ」を提案され、加山がその意味を尋ねたところ、谷村は人が住むところ、移動式の家というイメージを説明したといいます。
加山は、その発想を面白いと感じ、タイトルとして採用することに納得したと振り返っています。
「心のふるさと」は辞書的な直訳ではなく作品のテーマ
ここで注意したいのは、「サライ=心のふるさと」という説明の捉え方です。
ペルシャ語の辞書的な意味は宿や旅の宿であり、「心のふるさと」は言葉そのものの直訳ではありません。1992年の番組が掲げたテーマと、楽曲に込められた情緒的な意味を表す解釈です。
帰る場所を持つこと、誰かを思い出すこと、旅の終わりに安心できる場所へたどり着くこと。そうした感情が「サライ」というタイトルに重なっています。
24時間テレビは、長時間にわたる企画やチャリティー活動を通して、出演者と視聴者がさまざまな人の人生に触れる番組です。その締めくくりに「帰る場所」を想起させるタイトルの曲が流れることには、象徴的な意味があります。
【2022年〜2026年】サライの歴代歌唱と番組での変化
「サライ」は1992年の誕生以降、24時間テレビのフィナーレを象徴する楽曲として定着しました。しかし、2022年以降は制作当初の2人が番組に登場しなくなり、歌唱の形にも変化が生まれています。
2022年:加山雄三の24時間テレビでのラスト歌唱
2022年の第45回24時間テレビでは、加山雄三が出演者とともに「サライ」を歌いました。
加山は同年、コンサート活動からの引退を発表しており、この年の出演が番組でのラスト歌唱となりました。
日本テレビの公式番組記事でも、2022年のエンディングについて、出演者全員による恒例の「サライ」歌唱と加山の参加が紹介されています。
作曲者本人が参加する最後のステージという意味でも、節目となった放送でした。
2023年:谷村新司のメッセージと出演者による合唱
2023年は、谷村新司が療養中だったため、国技館で「サライ」を歌うことはできませんでした。
谷村は同年10月8日に74歳で亡くなりましたが、同年の24時間テレビには病床からメッセージを寄せています。
「長く歌い継がれてきて、たくさんの人たちの心の愛の歌声として、つながっていくことを大変うれしく思います」
これは谷村が2023年の番組に寄せたメッセージの一部です。出演者や視聴者に、これからも歌をつないでほしいという思いを伝えました。
実際に同年のフィナーレでも出演者による「サライ」の合唱が行われています。
2024年:堀内孝雄と武田鉄矢が谷村新司を追悼
2024年の第47回24時間テレビでは、谷村新司を偲ぶ企画が設けられました。
ステージに登場したのは、アリスのメンバーとして谷村と長年活動をともにした堀内孝雄と、谷村と若い頃から親交のあった武田鉄矢です。
2人は出演者や歴代チャリティーマラソンランナーたちとともに「サライ」を熱唱しました。
歌唱後、堀内はモニターに映し出された谷村に向かって「ありがとうチンペイ」と呼びかけ、会場から大きな拍手が送られました。
この場面は、単なる恒例のエンディングではなく、長年にわたって番組と楽曲を支えてきた谷村への追悼の意味を持つステージとなりました。
2025年:サライがオープニングに登場
2025年の第48回24時間テレビでは、これまでの定番イメージを変える演出がありました。
8月30日の放送開始直後、氷川きよしがアカペラで「サライ」を歌い始め、その後、上田晋也や水卜麻美、羽鳥慎一ら出演者が登場し、全員で合唱する形で番組がスタートしました。
これまでフィナーレの印象が強かった曲が、番組の始まりにも使われたことは大きな話題になりました。
オープニングでの歌唱に驚く視聴者の反応も報じられ、楽曲が単なる終了の合図ではなく、番組全体を象徴するテーマとして扱われる変化が見られました。
2026年:第49回でもフィナーレで出演者が合唱
2026年8月29日・30日に放送された第49回24時間テレビのテーマは「わたしの家族の話〜あなたは誰を想う?〜」でした。
総合司会は内村光良、羽鳥慎一、水卜麻美。チャリティーパートナーにはSixTONES、山崎育三郎、芳根京子らが参加しました。
8月30日にはチャリティーランナーの星野真里がゴールし、エンディングでは出演者一同による「サライ」の合唱が行われました。
2026年の放送でも歌が引き継がれたことで、1992年の誕生から34年を経ても、番組のフィナーレを象徴する存在であり続けていることが確認できます。
【なぜ歌い継がれる?】サライが24時間テレビの象徴になった3つの理由
「サライ」が長く歌い継がれている理由は、単に毎年同じ曲を流しているからではありません。誕生の経緯、歌詞のテーマ、番組の演出が互いに結びついていることが大きな要因です。
1. 視聴者参加型という誕生の背景がある
一般的な番組テーマソングは、作曲家やアーティストが制作した楽曲を番組側が採用する形が中心です。
しかし「サライ」は、視聴者の言葉を集めて作るという企画から誕生しました。
つまり、番組を見ている人も作品の成立に関わっているという背景があります。
毎年フィナーレで合唱するとき、視聴者が自分の思い出や人生を重ねやすいのは、楽曲の出発点に参加型の仕組みがあったことも関係していると考えられます。
2. 世代を超えて歌いやすいメロディーと歌詞
「サライ」は、ソロ歌唱だけでなく、大人数で一緒に歌うことにも適した構成を持っています。
壮大なメロディーと、帰る場所や大切な人を思い浮かべる歌詞の世界観は、年齢や音楽的な好みが異なる人たちにも感情移入の余地を与えます。
24時間テレビには、若い出演者からベテラン芸能人、スポーツ選手、チャリティー活動に参加する一般の人まで、多様な人々が集まります。
その全員が同じ曲を歌うことによって、番組の最後に一体感を生み出すことができます。
3. 長年の放送によって共有された夏の記憶になった
1992年から繰り返し放送されてきたことで、「サライ」は楽曲単体を超えた存在になりました。
ある世代にとっては子どもの頃に家族と見た24時間テレビの思い出であり、別の世代にとっては毎年夏の終わりに聞く恒例の歌です。
番組のフィナーレ、チャリティーランナーのゴール、出演者の合唱という映像体験が長年積み重なり、曲を聴くだけで夏の24時間テレビを思い出す人も少なくありません。
このように、楽曲と番組の記憶が結びついていることが、他の番組テーマソングにはない「サライ」の特徴です。
【2026年の結論】サライはエンディング曲から番組をつなぐ象徴へ
2022年以降の変化を振り返ると、「サライ」の役割が少しずつ広がっていることが分かります。
加山雄三の引退、谷村新司の逝去という大きな転換を迎えても、番組は楽曲を手放しませんでした。2024年には堀内孝雄と武田鉄矢による追悼歌唱が行われ、2025年にはオープニングでも披露され、2026年には再びフィナーレで出演者が合唱しています。
これは、楽曲の価値がオリジナル歌手の出演だけに依存していないことを示しています。
よくある誤解と正しい情報
- 誤解1:加山雄三と谷村新司が2人だけで作った曲。
正しくは、視聴者からの約9000通のメッセージを基礎に、加山が作曲、谷村が作詞、羽田健太郎が編曲を担当した作品です。 - 誤解2:サライは「心のふるさと」という意味のペルシャ語。
正しくは、ペルシャ語由来で「宿」「旅の宿」を意味します。「心のふるさと」は作品に重ねられたテーマです。 - 誤解3:谷村新司が亡くなったことでサライは歌われなくなった。
2024年、2025年、2026年にも歌唱されており、番組の恒例曲として受け継がれています。 - 誤解4:サライは必ず番組の最後だけで歌われる。
2025年にはオープニングでも歌われました。番組を象徴する楽曲として、使用場面が広がっています。
2026年時点での「サライ」は、加山雄三と谷村新司という2人のアーティストの代表的な共作であると同時に、24時間テレビの歴史そのものを象徴する楽曲です。
【サライと24時間テレビ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:サライは何年の24時間テレビで誕生しましたか?
A1:1992年の第15回24時間テレビです。15回目の放送を記念した企画として制作され、同年の番組内で披露されました。
Q2:サライを作詞・作曲したのは誰ですか?
A2:作詞は谷村新司、作曲は加山雄三です。加山雄三は弾厚作という名義で作曲を担当しました。編曲は羽田健太郎です。
Q3:サライの意味は何ですか?
A3:ペルシャ語由来の言葉で、「宿」「旅の宿」を意味します。楽曲では心のふるさとや帰る場所というイメージが重ねられています。
Q4:サライの制作に視聴者は何人参加しましたか?
A4:1992年の制作企画には約9000通のメッセージが寄せられました。応募者全員が直接作詞したという意味ではなく、寄せられた言葉を谷村新司がまとめて歌詞に仕上げました。
Q5:2022年以降、サライを歌った人は誰ですか?
A5:2022年には加山雄三が出演者と歌唱。2023年には出演者による合唱が行われ、2024年には堀内孝雄と武田鉄矢が中心となって歌いました。2025年は氷川きよしがオープニングで独唱し、出演者が合唱。2026年も出演者一同によるフィナーレの合唱が行われています。
Q6:2025年の24時間テレビではサライがオープニングで歌われたのですか?
A6:はい。2025年8月30日の第48回では、氷川きよしのアカペラから始まり、出演者全員の合唱へとつながる演出で番組がスタートしました。
Q7:2026年もサライは歌われましたか?
A7:はい。2026年8月29日・30日に放送された第49回でも、チャリティーランナーの星野真里がゴールした後、出演者一同による「サライ」の合唱が行われました。
まとめ:サライは視聴者と出演者が受け継ぐ24時間テレビの財産
「サライ」は、1992年の第15回24時間テレビで誕生した楽曲です。約9000通の視聴者メッセージをもとに、谷村新司が作詞、加山雄三が弾厚作名義で作曲、羽田健太郎が編曲を担当し、24時間以内という厳しい時間制限の中で完成しました。
タイトルの「サライ」はペルシャ語で宿や旅の宿を意味します。そこに心のふるさとというテーマが重ねられ、帰る場所や大切な人を思う歌として多くの人に親しまれてきました。
2022年の加山雄三のラスト歌唱、2023年の谷村新司の逝去、2024年の堀内孝雄・武田鉄矢による追悼、2025年のオープニング歌唱、そして2026年のフィナーレでの合唱。こうした変化を通しても、曲は途切れることなく受け継がれています。
「サライ」が特別なのは、誰か一人の歌声だけで完成する曲ではないからです。視聴者の言葉から生まれ、アーティストの手で形になり、毎年多くの人が一緒に歌うことで新しい意味を重ねてきました。
2026年以降も、歌い手や演出が変わることはあるでしょう。それでも、誰かを思い、帰る場所を思い浮かべながら歌うという楽曲の原点は変わりません。「サライ」は、これからも24時間テレビの歴史とともに歌い継がれていくことが期待される一曲です。