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ロコ・ソラーレ藤澤五月の現在は?2026新体制と五輪落選、カナダ大会ベスト8を徹底解説

小柳 真央 小柳 真央 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
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2026年11月現在、カーリング女子日本代表として平昌五輪銅メダル、北京五輪銀メダルを獲得した藤澤五月は、ロコ・ソラーレのスキップとして競技を続けている。2026年10月29日から11月1日にカナダで開催された「RBC Dominion Securities Western Showdown」ではプレーオフに進出し、16チーム中ベスト8に入った。五輪出場を逃した後も、海外大会を転戦する競技生活は続いている。

一方、チームには大きな変化があった。2026年3月には長年のチームメートだった吉田知那美が退団し、6月には松澤弥子が正式加入。さらに藤澤自身も、地元・北海道北見市で保険会社コンサルトジャパンの仕事を続けている。2026年5月には本人への密着インタビューも公開され、競技以外の生活や五輪を逃した後の心境が明らかになった。

【2026年最新】藤澤五月は現在も現役!カナダ大会ベスト8の結果

ロコソラーレ藤澤五月

藤澤五月の現在を知るうえで、まず押さえておきたいのが2026年11月2日にロコ・ソラーレ公式サイトで更新された海外大会の結果だ。

RBC Dominion Securities Western Showdownでベスト8

「RBC Dominion Securities Western Showdown 2026」は、2026年10月29日から11月1日まで、カナダ・サスカチュワン州スウィフト・カレントで開催されたカーリング大会である。

出場チームは16チーム。ロコ・ソラーレは藤澤五月をスキップとするチームとして参戦し、予選を3連勝で突破した。

公式発表に掲載された試合結果は次のとおりだ。

  • 10月29日:Ashley Olson(カナダ)に6対5で勝利
  • 10月30日:Kayla MacMillan(カナダ)に6対2で勝利
  • 10月30日:Serena Gray-Withers(カナダ)に10対9で勝利
  • 11月1日:準々決勝でEunJung Kim(韓国)に5対6で敗退

予選では接戦を含む3連勝を記録。特にSerena Gray-Withersとの試合は10対9という僅差で、最後まで緊張感のある展開だった。

しかし、プレーオフの準々決勝では韓国のEunJung Kimに1点差で敗れ、ベスト4進出には届かなかった。

それでも、16チームが参加する海外大会でベスト8に入ったことは、2026年の新体制で戦うロコ・ソラーレにとって一つの成果だ。大会終了直後の公式更新であり、今回の成績は2026年11月2日時点の最新情報に当たる。

ベスト8は復活の兆しなのか

今回の結果を評価する際には、単に順位だけを見るべきではない。

2026年はロコ・ソラーレにとって、五輪出場を逃した後の再出発と、長年の主力選手の退団、新加入選手の定着が重なったシーズンだ。チームとしての戦術やコミュニケーションを再構築する必要がある。

その状況でカナダの強豪チームを相手に予選3連勝を挙げたことには意味がある。一方、準々決勝での敗戦も含め、世界のトップチームと競り合うための課題は残っている。

したがって、ベスト8をもって完全復活と断定するのは早い。現段階では、新体制の競争力を示した大会と評価するのが妥当だろう。

【プロフィール】藤澤五月の年齢・身長・経歴と五輪メダル

藤澤五月は、北海道北見市出身のカーリング選手。1991年5月24日生まれで、2026年11月2日時点では35歳だ。

所属チームはロコ・ソラーレ。ポジションはスキップで、チームの戦術を組み立て、試合終盤の重要なショットを担う中心選手である。

藤澤五月の基本プロフィール

  • 名前:藤澤五月(ふじさわ・さつき)
  • 生年月日:1991年5月24日
  • 年齢:35歳(2026年11月2日時点)
  • 出身地:北海道北見市
  • 身長:155.9cm
  • 所属:ロコ・ソラーレ
  • 勤務先:株式会社コンサルトジャパン
  • ポジション:スキップ
  • カーリング開始:5歳
  • ロコ・ソラーレ加入:2015年
  • 主な五輪実績:平昌2018銅メダル、北京2022銀メダル

身長155.9cmというプロフィールはロコ・ソラーレ公式サイトに掲載されている。年齢については誕生日を基準に算出しているため、2026年5月23日までは34歳、5月24日以降は35歳となる。

5歳から始めたカーリング人生

藤澤がカーリングを始めたのは5歳のとき。両親の影響がきっかけだった。

地元・北見市で競技に親しみ、北海道北見北斗高校を卒業。その後、カーリング選手として競技を続けるため、中部電力のカーリング部に所属した。

2009年から2014年までは中部電力で活動。2015年に地元へ戻り、LS北見(現在のロコ・ソラーレ)へ加入した。

藤澤のキャリアを語るうえで、この移籍は大きな転換点だ。中部電力時代には日本選手権4連覇を経験した一方、2013年の日本代表決定戦では五輪出場を逃している。その後、北見に戻って新たなチームで世界を目指す道を選んだ。

平昌五輪の銅メダルから北京五輪の銀メダルへ

ロコ・ソラーレ加入後、藤澤の名前が全国的に知られるようになった最大のきっかけが、2018年平昌冬季五輪だった。

日本女子カーリング代表は、準決勝で韓国に敗れたものの、3位決定戦でイギリスを破り、日本カーリング史上初となる五輪銅メダルを獲得した。

続く2022年北京冬季五輪では、決勝でイギリスに敗れたものの、見事に銀メダルを獲得。日本女子カーリングとして初めて五輪の決勝に進出した。

2大会連続のメダル獲得は、日本カーリング界にとって歴史的な成果だった。藤澤はスキップとして戦術面と精神面の両方でチームを支え、世界的な知名度を高めた。

【五輪出場を逃した理由】2025年の代表決定戦で何が起きたのか

2026年の藤澤五月を理解するうえで避けて通れないのが、ミラノ・コルティナ2026冬季五輪への出場を逃した経緯だ。

平昌、北京と2大会連続でメダルを獲得したロコ・ソラーレは、3大会連続の五輪出場を目指していた。しかし、2025年9月に行われた国内代表決定戦で敗れ、夢の舞台への道が閉ざされた。

代表争いはロコ・ソラーレ、フォルティウス、SC軽井沢クラブの三つ巴

2025年9月10日から14日まで、北海道稚内市のみどりスポーツパークで開催された「2025カーリング日本代表決定戦」。女子はロコ・ソラーレ、フォルティウス、SC軽井沢クラブの3チームが争った。

選考は単純な一発勝負ではない。まず3チームによる総当たりの1次リーグを行い、上位2チームが決定戦に進出する仕組みだった。決定戦では1次リーグの直接対決の結果を持ち越し、3戦先勝方式で代表チームを決める。

ロコ・ソラーレは大会序盤にフォルティウス、SC軽井沢クラブを相手に連勝するなど、好スタートを切った。しかし、フォルティウスも巻き返し、最終的には決勝進出を懸けたタイブレークで両チームが対戦することになった。

フォルティウスに2対7で敗れ、五輪への可能性が消滅

2025年9月13日のタイブレークで、ロコ・ソラーレはフォルティウスに2対7で敗れた。

8エンド制の短期決戦で、序盤の第1エンドに3点を失ったことが大きく響いた。第4エンドにも2点を奪われ、試合の主導権を握られる展開となった。

藤澤の最終投も思うように決まらず、チームは反撃の糸口をつかめなかった。この敗戦によって決勝進出が消滅し、ロコ・ソラーレのミラノ・コルティナ五輪出場はなくなった。

その後、フォルティウスがSC軽井沢クラブとの決定戦を制し、日本代表として最終予選へ進出。2025年12月10日にはカナダ・ケロウナでノルウェーを6対5で破り、五輪出場権を獲得した。

つまり、日本女子が五輪に出場できなかったわけではない。日本代表の座をフォルティウスに譲り、藤澤率いるロコ・ソラーレが出場できなかったというのが正確な経緯である。

五輪に出られなかった後の藤澤五月の心境

2026年5月16日公開のFRIDAYデジタルの密着インタビューでは、藤澤が五輪をテレビで観戦した経験について語っている。

藤澤は、ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得したスウェーデン代表の全11試合を追い、試合中の戦術やチームの状態を分析していたという。

特に印象に残ったのは、スウェーデンのスキップ、アンナ・ハッセルボリの判断力だった。試合序盤に苦しい場面を迎えても作戦面でぶれず、チーム全体で状況を共有する姿勢に学ぶものがあったと振り返っている。

五輪に出場できなかったことは大きな挫折だ。しかし、外側から大会を見る時間は、選手としての視野を広げる機会にもなった。藤澤が次の4年間を見据えている背景には、こうした経験もある。

【2026年新体制】吉田知那美の退団と松澤弥子の加入

2026年のロコ・ソラーレを語るもう一つの大きなニュースが、チームのメンバー変更だ。

長年、藤澤とともに戦ってきた吉田知那美が3月末で退団。その後、育成チームのロコ・ステラで活動していた松澤弥子が正式加入した。

吉田知那美は12年間所属したロコ・ソラーレを退団

ロコ・ソラーレは2026年3月31日、吉田知那美の退団を公式サイトで発表した。

吉田は2014年から12年間にわたってチームに所属。日本選手権、世界選手権、五輪でのメダル獲得など、ロコ・ソラーレの歴史を築いてきた主要メンバーだった。

退団に際して吉田は、チームメートの藤澤五月、鈴木夕湖、吉田夕梨花に向けた感謝と応援の気持ちを表明。今後もそれぞれが自分の選ぶカーリング人生を歩んでいくことを願うメッセージを発表した。

また、50歳での再集結にも触れており、チームとの関係が完全に断絶するような別れではないこともうかがえる。

なお、退団は競技引退を意味しない。報道では、吉田は現役を続行し、海外のプロリーグなどで活動する道を選んだと伝えられている。

松澤弥子が2026-27シーズンから正式加入

吉田の退団後、チームの新たな戦力として発表されたのが松澤弥子だ。

ロコ・ソラーレは2026年6月24日、松澤の正式加入を発表した。松澤は、それまで約8年間にわたり育成チームのロコ・ステラで活動してきた選手である。

加入発表で松澤は、ロコ・ステラで経験を積んだことへの感謝を述べるとともに、2026-27シーズンから新しいチームの一員として世界一を目指す意欲を示した。

2026年9月のSportivaによる藤澤への取材記事では、新体制のポジションも紹介されている。

新体制のメンバーと関係性

選手・関係者 ポジション・役割 2026年の状況
藤澤五月 スキップ 引き続きチームの司令塔。海外大会にも出場
鈴木夕湖 セカンド チームの中核を担う継続メンバー
吉田夕梨花 リード 引き続きチームに所属
松澤弥子 サード 2026年6月に正式加入。吉田知那美の後を担う
吉田知那美 元サード 2026年3月末に12年間の所属を終えて退団
小穴桃里 サポート選手・フィフス 世界選手権や日本選手権でチームをサポート
本橋麻里 代表理事 チーム運営と組織を支える立場

新体制の特徴は、単純に吉田知那美の後任を補充しただけではない点にある。

松澤は育成チームから昇格した選手であり、ロコ・ソラーレの組織内で経験を積んできた。チームの理念や活動環境を理解した選手が主力に加わることで、従来の経験と新しい発想を組み合わせることができる。

一方で、吉田が長年担ってきたサードの役割は大きい。藤澤との連携、試合中のコミュニケーション、重要な局面でのショットの選択など、技術だけでは簡単に埋められない部分もある。

藤澤にとっても、新メンバーと新たなチームの形を築くことは、次の五輪サイクルに向けた重要な課題になる。

【スキップとしての現在】2030年を見据えた再出発と最新戦績

2026年の藤澤五月は、単に海外大会を転戦しているだけではない。チームの再構築と、自身の競技力の立て直しという二つの課題に向き合っている。

2026年3月の世界選手権では4位

ミラノ・コルティナ五輪を逃したロコ・ソラーレにとって、2026年3月の世界女子カーリング選手権は重要な舞台だった。

カナダ・カルガリーで開催された大会に日本代表として出場し、予選を突破。3位決定戦まで進出したものの、スウェーデンに5対8で敗れ、最終順位は4位となった。

日本女子が世界選手権で表彰台に立ったのは2016年大会の銀メダルが最後。10年ぶりのメダル獲得を目指したが、惜しくも届かなかった。

それでも、五輪出場を逃した直後の大会で世界の上位チームと競い、4位まで進んだことは、競技力を示す結果だった。

6月の日本選手権では1次予選敗退

一方、2026年6月7日から14日に横浜BUNTAIで開催された日本カーリング選手権では、厳しい結果となった。

ロコ・ソラーレは1次予選でGRANDIRに9対2で勝利したものの、その後はSC軽井沢クラブに0対8、フィロシーク青森に5対10、中部電力に4対9で敗戦。通算1勝3敗となり、1次予選で敗退した。

この大会では藤澤自身も実力不足を認め、チームの立て直しが必要な状況が浮き彫りになった。

2026年は、世界選手権4位という成果がある一方、日本選手権では1次予選敗退という結果も残した。大会ごとに成績の振れ幅があることは、新体制の完成度を考えるうえで見逃せない。

藤澤が語った次の4年間と2030年への視線

2026年9月17日に公開されたSportivaのインタビューでは、藤澤が新シーズンへの考えを語っている。

6月の日本選手権で敗退した後、チームはジェームス・ダグラス・リンドコーチも交えて、今後について長時間のミーティングを行ったという。

藤澤は2026-27シーズンについて、日本選手権で勝つことをチームの目標に掲げた。また、従来のロコ・ソラーレの形をそのまま維持するのではなく、松澤を迎えた新しいチームとして挑戦する考えを示した。

個人面では、技術練習だけでなくメンタル面の準備も課題として挙げている。自信を持ってショットを投げられる状態を作ることが、今後の競技生活における重要なテーマになっている。

加えて、次の4年間を見据えた活動についても語っており、2030年のフランスアルプス冬季五輪につながる新たなサイクルが始まっている。

ただし、2030年の代表選考はこれからの大会成績や日本カーリング協会の選考条件によって決まる。藤澤やロコ・ソラーレの出場が確定したわけではない。

今回のカナダ大会ベスト8は、その長い道のりの途中にある一つの成果だ。今後は日本選手権での巻き返しと、海外大会での安定した成績が求められる。

【競技以外の現在】保険会社コンサルトジャパンでの仕事と生活

藤澤五月の現在を語る際、意外な関心を集めているのが競技以外の仕事だ。

藤澤はカーリング選手として海外を転戦する一方、北海道北見市にある保険会社、株式会社コンサルトジャパンの社員としても勤務している。

保険募集人の資格を取得して電話対応や事務手続きを担当

2026年5月16日に公開されたFRIDAYデジタルの密着インタビューでは、藤澤が会社でどのような仕事をしているのかが紹介された。

同記事によると、藤澤はロコ・ソラーレに加入した2015年からコンサルトジャパンに入社し、遠征の合間に勤務を続けている。

仕事の内容は、保険募集人の資格を取得したうえでの電話対応や、契約した保険に関する事務手続きなど。保険の知識がほとんどない状態から仕事を覚えていったという。

本人は仕事を通して社会性を学べたことにも触れており、競技だけでは得られない経験が現在の生活を支えている。

仕事とカーリングに共通する「信頼関係」

藤澤が仕事と競技の共通点として挙げたのが、信頼関係だ。

保険の仕事では顧客との信頼が欠かせない。一方、カーリングではチームメート同士が互いを信頼し、同じ作戦に向かってプレーする必要がある。

FRIDAYの取材で藤澤は、顧客との信頼関係を大切にする職場での教えと、カーリングでのチームワークにはつながる部分があると説明している。

地元にいる間は会社での勤務だけでなく、氷上練習やジムでのトレーニングも続けている。遠征期間が長く、年間の半分近くを海外で過ごすこともあるため、出社できる日は限られるという。

それでも、地元の顧客と接する機会があり、カーリングを応援してくれる人々との交流も仕事の一部になっている。

競技一本ではないキャリアの持ち方

トップアスリートの働き方には、競技に専念する道だけでなく、企業に所属しながら競技活動を続ける形もある。

藤澤の場合、地元の企業で仕事を続けながら、世界各地の大会に出場するという生活を築いている。

これは、競技と社会人としての経験を切り離さず、双方を自分のキャリアに組み込んだ働き方だ。

競技成績だけを見ていると分かりにくいが、藤澤の現在はカーリング選手という一つの肩書きだけでは説明できない。地域社会とのつながりや会社での役割も含めて、一人の社会人として生活を築いている点が特徴的だ。

【プロの結論】藤澤五月の本当の現在地と今後を見極めるポイント

2026年の藤澤五月を評価する際、重要なのは過去の五輪メダルだけでも、直近のカナダ大会の順位だけでもない。

平昌と北京で2大会連続メダルを獲得した実績は、彼女が世界レベルのスキップであることを示している。しかし、2025年の五輪代表決定戦での敗退、2026年日本選手権での1次予選敗退は、過去の成功だけでは現在の競争を勝ち抜けないことも示した。

一方、世界選手権4位やRBC Dominion Securities Western Showdownのベスト8は、再び上位を狙うための足場となる結果だ。

今後の評価で注目したい3つの基準

1. 新体制での連携が完成するか

吉田知那美の退団と松澤弥子の加入によって、チームの役割分担は変わった。藤澤と松澤の連携、既存メンバーとのコミュニケーションが安定するかどうかは、今後の成績を左右する大きなポイントになる。

2. 国内大会で勝ち切れるか

世界選手権や海外大会での好成績だけでなく、日本選手権での優勝争いに戻れるかが重要だ。2026年6月の1次予選敗退を受け、次の国内大会でどこまで修正できるかが注目される。

3. スキップとしての判断力とメンタルを維持できるか

カーリングでは、最後のショットを投げるスキップの判断が試合結果に直結する。藤澤自身がメンタル面の準備を課題に挙げていることからも、技術だけでなく、試合中に自信を持って判断できる状態を作ることが大切になる。

また、ネット上では「五輪を逃したから引退するのでは」「吉田知那美の退団でロコ・ソラーレは解散するのでは」といった誤解につながる見方も生じやすい。しかし、藤澤は現役を続けており、吉田の退団後もチームは松澤を迎えて活動を継続している。

藤澤五月の2026年は、引退でも終焉でもなく、チームと自身の競技人生を再構築する時期だ。これまでの実績を守るだけではなく、新しいメンバーと新しい戦い方を作ること。その挑戦こそが、次の4年間を占う最大のポイントになる。

【ロコ・ソラーレ藤澤五月の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:藤澤五月は2026年現在何歳?身長は?
A1:1991年5月24日生まれで、2026年11月2日時点で35歳。身長はロコ・ソラーレ公式プロフィールによると155.9cm。

Q2:藤澤五月は2026年現在もロコ・ソラーレのスキップなの?
A2:はい。2026-27シーズンもスキップを務めている。2026年10月のRBC Dominion Securities Western Showdownにも出場し、チームをベスト8に導いた。

Q3:藤澤五月はミラノ・コルティナ五輪に出場した?
A3:出場していない。2025年9月の日本代表決定戦でフォルティウスに敗れ、ロコ・ソラーレの五輪出場がなくなった。日本女子代表としてはフォルティウスが最終予選を勝ち抜いて出場した。

Q4:吉田知那美はロコ・ソラーレを辞めたの?
A4:2026年3月末で正式に退団した。2014年から12年間所属したが、競技引退ではなく、その後もカーリング選手として活動を続けている。

Q5:藤澤五月は現在どんな仕事をしている?
A5:北海道北見市の株式会社コンサルトジャパンに所属し、保険募集人の資格を取得して電話対応や保険契約の事務手続きなどを担当している。遠征の合間に勤務する生活を続けている。

まとめ:藤澤五月は新体制で2030年を見据えた挑戦を続ける

2026年11月現在、藤澤五月は35歳。ロコ・ソラーレのスキップとして現役を続け、10月のカナダ大会ではベスト8という成績を残した。

2025年の五輪代表決定戦ではフォルティウスに敗れ、ミラノ・コルティナ五輪出場を逃した。その後の2026年世界選手権では4位に入ったものの、日本選手権では1次予選敗退。競技面では浮き沈みのあるシーズンとなった。

加えて、12年間ともに戦った吉田知那美が退団し、松澤弥子が正式加入。チームは大きな世代交代と再編の時期を迎えている。

それでも藤澤はスキップとしてチームを率い、海外大会への挑戦を続けている。北見市ではコンサルトジャパンの社員として保険関連の仕事にも携わり、競技と社会人生活を両立させている。

平昌の銅メダル、北京の銀メダルという輝かしい過去を持ちながら、2026年は新しいチームでゼロから再出発する藤澤五月。次に注目したいのは、カナダ大会のベスト8を一過性の結果に終わらせず、国内タイトル奪還と2030年のフランスアルプス五輪につなげられるかどうかだ。

ロコ・ソラーレの新章は、まだ始まったばかりである。

主な情報確認先: ロコ・ソラーレ公式プロフィール・大会結果・チーム発表、JOC公式記録、Sportivaの2026年9月インタビュー、FRIDAYデジタルの2026年5月密着取材、日刊スポーツの代表決定戦・日本選手権報道。

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小柳 真央
デジタルマーケター 小柳 真央
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スポーツ担当として7年以上の取材経験。sports領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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