富士乃真(ふじのしん)は、九重部屋で活躍し、最高位の前頭筆頭まで昇進した元大相撲力士です。本名は矢木哲也(やぎ・てつや)。現役時代は富士乃真司の四股名で土俵に上がり、1976年3月場所に初土俵を踏んでから1990年9月場所に引退するまで、14年以上にわたって力士として活動しました。
引退後は年寄・錦戸を経て陣幕を襲名し、日本相撲協会に残って後進の指導や協会業務に携わってきました。2026年10月現在は、陣幕哲也の名で八角部屋に所属する参与として協会公式プロフィールに掲載されています。また、花田優一氏の元岳父として名前を知られることもあります。
この記事では、富士乃真のプロフィール、九重部屋での歩み、408勝を記録した生涯戦歴、負傷から引退に至る経緯、錦戸・陣幕の年寄名跡、そして2026年現在の活動までを時系列で整理します。
【結論】富士乃真司は元前頭筆頭の力士で、現在は陣幕親方

富士乃真司は、千葉県船橋市出身の元大相撲力士です。現役時代の所属は九重部屋で、得意技は左四つ、寄り、肩透かし。幕内では15場所を務め、最高位は前頭筆頭に到達しました。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、現在の年寄名を陣幕哲也とし、所属部屋を八角部屋、協会内の立場を参与としています。
人物を整理すると、次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現役時代の四股名 | 富士乃真司 |
| 読み方 | ふじのしん・つかさ |
| 本名 | 矢木哲也 |
| 生年月日 | 1960年11月6日 |
| 出身地 | 千葉県船橋市 |
| 現役時代の所属 | 九重部屋 |
| 最高位 | 前頭筆頭 |
| 初土俵 | 1976年3月場所 |
| 引退 | 1990年9月場所 |
| 通算成績 | 408勝386敗47休 |
| 引退後の年寄名 | 錦戸・陣幕 |
| 2026年の所属部屋 | 八角部屋 |
| 2026年の立場 | 参与 |
特に押さえておきたいのは、富士乃真と陣幕親方が別人ではないという点です。
富士乃真は現役時代の四股名、陣幕は引退後に襲名した年寄名跡です。現在の陣幕哲也が、かつて前頭筆頭まで昇進した富士乃真本人に当たります。
【プロフィール】本名は矢木哲也!九重部屋に至るまでの経歴
富士乃真は1960年11月6日、千葉県船橋市に生まれました。
15歳だった1976年3月場所で初土俵を踏み、相撲界に入りました。日本相撲協会の公式記録では、現役時代のしこ名履歴は「矢木」「富士光」「富士乃真」と記録されています。
入門当初は井筒部屋に所属
富士乃真の所属部屋については、九重部屋という情報が広く知られています。ただし、入門当初から九重部屋に所属していたわけではありません。
相撲界の記録によると、初土俵を踏んだ当初は井筒部屋に所属していました。その後、1977年11月場所に井筒部屋の閉鎖に伴って九重部屋へ移籍しています。
この経緯を知っておくと、九重部屋の元力士として紹介される理由も明確になります。
富士光から富士乃真へ
入門時の四股名は本名に由来する矢木でした。
1978年5月場所には富士光に改名。さらに1987年3月場所から富士乃真司を名乗るようになります。
富士乃真という四股名が定着したのは、幕内で活躍する時期に向かう直前のことでした。
公式プロフィールに記載された得意技は、次の3つです。
- 左四つ: 左手を差して組む相撲の型。
- 寄り: 相手の体勢を崩しながら土俵外へ押し進める攻め。
- 肩透かし: 相手の前進する力を利用して体勢を崩す技。
組んでからの攻めを得意とする力士だったことが、公式記録からも分かります。
【現役時代の年表】1976年の初土俵から前頭筆頭への昇進まで
富士乃真の現役生活は、1976年3月場所から1990年9月場所まで続きました。
最初から順調に番付を上げたわけではありません。長い下積みを経験し、1985年に十両へ昇進。その後、幕内入りを果たして前頭筆頭まで到達しました。
主な転換点をまとめます。
| 時期 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1976年3月 | 初土俵 | 井筒部屋で矢木として出場 |
| 1977年11月 | 九重部屋へ移籍 | 井筒部屋の閉鎖に伴う移籍 |
| 1978年5月 | 改名 | 富士光を名乗る |
| 1985年1月 | 新十両 | 西十両11枚目で関取に昇進 |
| 1986年9月 | 新入幕 | 西前頭13枚目 |
| 1987年3月 | 改名 | 富士乃真司を名乗る |
| 1988年1月 | 最高位到達 | 東前頭筆頭 |
| 1989年9月 | 大きな負傷 | 土俵下で左足首を骨折 |
| 1990年9月 | 現役引退 | 東幕下49枚目で最後の場所 |
1985年に新十両、1986年に新入幕
富士乃真が関取となったのは1985年1月場所です。
新十両の場所は7勝8敗と負け越しましたが、その後も番付を上げ、1986年9月場所には新入幕を果たしました。
当時の幕内には、実力のある力士が数多く在籍していました。十両から幕内へ昇進すること自体が大きな節目であり、長年の下積みが実を結んだ時期だったといえます。
1988年1月場所に前頭筆頭へ
富士乃真の現役時代の最高位は、1988年1月場所の東前頭筆頭です。
前頭筆頭は、幕内の平幕力士の中でも最上位に位置する番付です。横綱や大関、三役力士と対戦する機会もある位置であり、幕内上位の実力が大切です。
ただし、前頭筆頭は三役とは異なります。小結・関脇への昇進は記録されていません。
最高位だけを見ると短い期間の到達点に思える可能性がありますが、15場所にわたって幕内に在位したことも、富士乃真のキャリアを評価するうえで見逃せない実績です。
【408勝386敗47休】富士乃真の通算成績と引退の背景
富士乃真の生涯戦歴は、408勝386敗47休、88場所です。
日本相撲協会の公式プロフィールにも同じ数字が掲載されています。
幕内だけに絞ると、93勝111敗21休、15場所という成績です。
通算408勝という数字をどう見るべきか
富士乃真の通算成績を整理すると、次のようになります。
| 成績項目 | 記録 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 408勝386敗47休 |
| 出場した場所数 | 88場所 |
| 幕内戦歴 | 93勝111敗21休 |
| 幕内在位 | 15場所 |
| 最高位 | 東前頭筆頭 |
| 幕内優勝 | 0回 |
| 三賞 | 0回 |
| 金星 | 0個 |
通算勝率は休場を除いて計算すると約51.4%です。
ここで注目したいのは、通算成績だけでなく、幕内での実績です。
幕内では93勝を挙げ、最高成績は9勝6敗。優勝や三賞、金星といった特別な受賞歴はありませんが、前頭筆頭まで昇進し、幕内の土俵で15場所を戦いました。
また、富士乃真は1985年7月場所から1986年7月場所まで7場所連続で勝ち越しています。十両から幕内へと進む過程で、安定した成績を残していたことが分かります。
引退の大きな転機となった1989年の負傷
富士乃真の現役生活を語るうえで外せないのが、1989年9月場所の事故です。
日刊スポーツの2017年9月20日付の記事によると、1989年秋場所12日目、土俵下の控えに座っていた富士乃真のところへ、取組中の三杉里が落ちてきました。
その際、富士乃真は左足首の関節を骨折する大けがを負いました。
土俵上の取組で負ったけがではなく、土俵下で控えていた際の事故だったことが特徴です。
この負傷によって不戦敗となり、その後は番付を下げることになります。
1989年11月場所は全休。1990年には十両から幕下へと番付を落とし、最後の1990年9月場所では東幕下49枚目で2勝4敗1休という成績を残して引退しました。
引退したのは29歳のときです。
最高位の前頭筆頭まで上り詰めた力士が、土俵下での事故をきっかけに現役生活を終えることになった経緯は、富士乃真の相撲人生における大きな転換点でした。
【引退後の活動】年寄・錦戸から陣幕親方、2026年の参与へ
1990年9月場所で引退した富士乃真は、相撲界を離れず、日本相撲協会に残って親方として活動する道を選びました。
引退後に名乗った年寄名跡は、錦戸と陣幕です。
1990年に錦戸を襲名
引退直後に襲名したのが、第9代錦戸です。
当初は錦戸司を名乗り、1990年11月には錦戸哲也へと改めています。
その後、1993年9月に八角部屋へ移籍しました。
八角部屋は、元横綱・北勝海が率いる相撲部屋です。九重部屋との関係を経て、八角部屋に所属するようになったことが、現在の陣幕親方につながっています。
1998年に陣幕を襲名
1998年2月、富士乃真は第19代陣幕を襲名しました。
これ以降、陣幕哲也として相撲協会の業務に携わっています。
つまり、富士乃真の引退後の年寄名跡は、次のように整理できます。
- 1990年:第9代錦戸を襲名
- 1990年11月:錦戸司から錦戸哲也へ
- 1993年9月:八角部屋へ移籍
- 1998年2月:第19代陣幕を襲名
- 2026年:陣幕哲也として八角部屋に所属
2026年現在は参与、監察委員会に所属
2026年現在の陣幕親方については、日本相撲協会の公式プロフィールが重要な確認資料になります。
同プロフィールでは、次の情報が掲載されています。
- 年寄名:陣幕哲也
- 本名:矢木哲也
- 所属部屋:八角部屋
- 立場:参与
- 現役時代の四股名:富士乃真司
加えて、日本相撲協会が公表している2026年10月16日現在の職務分掌では、陣幕哲也は参与の欄に掲載され、担当職務は監察委員会となっています。
ここでいう参与は、現役力士としての番付や相撲部屋の師匠という意味ではありません。協会における年寄の立場・役職に関する区分です。
したがって、2026年現在の陣幕親方を紹介する際には、単に元力士とするよりも、元前頭筆頭・富士乃真であり、現在は八角部屋所属の参与として協会業務に携わる人物と説明するのが正確です。
【花田優一との関係】陣幕親方が元岳父と呼ばれる理由
富士乃真や陣幕親方を検索すると、花田優一氏との関係が関連情報として表示されることがあります。
これは、花田優一氏が陣幕親方の長女と結婚していたためです。
花田優一氏は、元横綱・貴乃花の長男で、靴職人やタレントとして活動してきた人物です。
2017年には陣幕親方の長女との結婚が報じられ、2018年12月には花田優一氏本人が離婚を公表しました。
この関係から、陣幕親方は花田優一氏の元岳父に当たります。
花田優一との関係を時系列で整理
| 時期 | 出来事 | 関係 |
|---|---|---|
| 2017年 | 花田優一氏と陣幕親方の長女の結婚が報道される | 陣幕親方は岳父に |
| 2018年12月 | 花田優一氏が離婚を公表 | 婚姻関係が終了 |
| 2026年 | 陣幕親方は相撲協会の参与として在籍 | 元岳父という関係は過去の婚姻に由来 |
2018年12月13日付のデイリースポーツは、花田優一氏がブログで離婚を報告したことを伝えています。スポニチも同時期に離婚を報道しています。
この話題は、陣幕親方の名前が芸能ニュースで取り上げられるきっかけの一つになりました。
ただし、花田優一氏との関係はあくまで娘の婚姻を通じたものです。陣幕親方自身の力士としての経歴や、現在の協会での立場とは分けて理解する必要があります。
【プロの結論】富士乃真の経歴を理解する3つのポイント
富士乃真の経歴を調べる際には、単に最高位や通算勝利数だけを確認するのではなく、現役時代と引退後を連続したキャリアとして見ることが大切です。
特に重要なのは、次の3点です。
1. 前頭筆頭は幕内上位の実績であり、三役とは異なる
富士乃真は東前頭筆頭まで昇進しました。これは幕内上位の実力を示す記録ですが、関脇・小結などの三役に昇進したという意味ではありません。最高位を正確に把握することで、現役時代の実績を適切に評価できます。
2. 408勝という記録には、長い下積みと負傷後の苦難も含まれる
1976年の初土俵から1985年の新十両までには約9年が必要でした。その後、幕内入りと前頭筆頭への昇進を果たしましたが、1989年の負傷によって番付を落とし、1990年に引退しています。
この経緯を見ると、富士乃真のキャリアは単純な昇進の物語ではなく、長期にわたる努力と予期せぬ事故による転機を含んだものだったと分かります。
3. 陣幕親方としての現在は、協会公式情報で確認できる
富士乃真と陣幕哲也を別人として扱ったり、錦戸と陣幕を別の力士の名前として混同したりするのは誤りです。
日本相撲協会の公式プロフィールを見れば、現役時代の四股名と現在の年寄名、所属部屋、参与という立場を一度に確認できます。
検索する際は、次の判断基準を押さえておくと情報を整理しやすくなります。
- 現役時代の情報を調べるなら「富士乃真司」「矢木哲也」
- 引退後の年寄名跡を調べるなら「錦戸」「陣幕」
- 現在の活動を調べるなら「陣幕哲也」「八角部屋」「参与」
- 家族関係の報道を調べるなら「花田優一」「元岳父」
このように検索対象を分けることで、現役時代の記録と引退後の活動、芸能ニュースに関連する情報を混同せずに把握できます。
【富士乃真の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:富士乃真の本名は何ですか?
本名は矢木哲也(やぎ・てつや)です。現役時代は富士乃真司という四股名で活動し、引退後は陣幕哲也を名乗っています。
Q2:富士乃真の最高位は何ですか?
最高位は東前頭筆頭です。1988年1月場所に到達しました。小結や関脇などの三役への昇進記録はありません。
Q3:富士乃真の通算成績は?
408勝386敗47休、88場所です。幕内では93勝111敗21休、15場所の戦歴を残しています。
Q4:富士乃真はなぜ引退したのですか?
1989年9月場所に土俵下で左足首を骨折したことが大きな転機となりました。その後、番付を落とし、1990年9月場所を最後に引退しました。
Q5:陣幕親方は2026年現在、何をしていますか?
2026年10月現在、日本相撲協会の参与として掲載されています。所属部屋は八角部屋で、公式の職務分掌では監察委員会に所属しています。
Q6:富士乃真は錦戸親方だったのですか?
はい。1990年の引退後に第9代錦戸を襲名しました。その後、1998年2月に第19代陣幕を襲名しています。
Q7:富士乃真と花田優一の関係は?
花田優一氏が陣幕親方の長女と結婚していたため、陣幕親方は元岳父に当たります。花田優一氏は2018年12月に離婚を公表しています。
まとめ:富士乃真は前頭筆頭まで昇進し、現在は陣幕親方として協会に在籍
富士乃真こと富士乃真司は、1976年3月場所に初土俵を踏み、九重部屋で活躍した元大相撲力士です。
本名は矢木哲也。1985年に新十両、1986年に新入幕を果たし、1988年1月場所には最高位の東前頭筆頭まで昇進しました。生涯戦歴は408勝386敗47休で、幕内でも15場所を戦っています。
1989年の左足首の骨折が現役生活に大きな影響を与え、1990年9月場所を最後に引退。その後は錦戸、陣幕の年寄名跡を襲名し、八角部屋に所属する親方として相撲協会に残りました。
2026年10月現在、陣幕哲也は日本相撲協会の参与であり、職務分掌では監察委員会に所属しています。
花田優一氏の元岳父という芸能ニュース上の側面もありますが、富士乃真の本質的な経歴は、長い現役生活と引退後も続く相撲界での活動にあります。
前頭筆頭まで昇進した現役時代、負傷による引退、そして陣幕親方としての現在。この3つの時期をつなげて理解することが、富士乃真という人物を正確に知るためのポイントです。
主な事実確認資料: 日本相撲協会公式プロフィール・2026年職務分掌、日刊スポーツ、スポニチ、デイリースポーツ、相撲観戦ガイドの力士記録。