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ダブルヒガシ大東とは何者?大東翔生の年齢・身長・経歴と2026年東京進出を徹底解説

安曇 瑞希 安曇 瑞希 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

お笑いコンビ「ダブルヒガシ」の大東翔生(おおひがし・しょうい)さんは、関西の賞レースで実績を重ね、2026年4月から活動拠点を東京へ移した吉本興業所属のお笑い芸人です。1993年1月16日生まれ、大阪府大阪市出身。身長174cm、NSC大阪校36期生で、相方の東良介さんとは高校時代からの同級生です。

2023年には「第12回ytv漫才新人賞決定戦」と「第44回ABCお笑いグランプリ」で優勝。さらに2024年には第9回上方漫才協会大賞の大賞を受賞しました。関西を代表する実力派コンビとして存在感を高めた2人が、なぜ2026年に東京進出を決めたのでしょうか。

【プロフィール完全版】ダブルヒガシ大東・大東翔生の年齢、身長、出身地は?

ダブルヒガシ大東

大東翔生さんは、吉本興業に所属するお笑いコンビ「ダブルヒガシ」のボケ担当です。独特の発想力とキャラクター性、関西弁を生かしたテンポのよい漫才で知られています。

基本情報は吉本興業の公式タレントプロフィールに掲載されています。2026年11月2日時点の年齢は33歳です。

大東翔生の基本プロフィール

  • 名前:大東翔生(おおひがし・しょうい)
  • 生年月日:1993年1月16日
  • 年齢:33歳(2026年11月2日時点)
  • 出身地:大阪府大阪市
  • 身長:174cm
  • 体重:92kg(吉本興業公式プロフィール掲載値)
  • 血液型:A型
  • 所属事務所:吉本興業
  • 出身:NSC大阪校36期
  • コンビ名:ダブルヒガシ
  • 担当:ボケ・ネタ作成
  • 趣味:テレビ・PCゲーム、麻雀、パチンコ、競馬
  • 特技:ボクシング

プロフィールのなかでも特徴的なのが、ボクシングという特技です。父親が元K-1ファイターという家庭環境もあり、格闘技とのつながりが注目される理由になっています。

また、身長174cmという体格に加え、舞台上での表情や大きなリアクションも大東さんの持ち味です。単に言葉で笑わせるだけでなく、表情や動きも組み合わせて笑いを生み出す芸風が特徴です。

【学歴・家族】大学中退からNSCへ!父親は元プロボクサーでK-1ファイター

大東翔生さんの経歴を知るうえで興味深いのが、大学時代から芸人になるまでの進路です。最初から芸人を目指して一直線に進んだわけではありません。

大学進学後、留年をきっかけに芸人の道へ

高校卒業後、大東さんは大学へ進学しました。しかし、本人がマイナビニュースの2026年7月のインタビューで振り返ったところによると、大学時代は学校にあまり通っておらず、留年が決まったことが大きな転機になったそうです。

大学を辞めることを考えた大東さんは、自分に何ができるのかを考え、以前から周囲に面白いと言われていたことを思い出します。そこで選んだのが、お笑い芸人という道でした。

大学名については、学歴を紹介する一部の二次資料で阪南大学とされています。一方、吉本興業の公式プロフィールでは大学名は掲載されていません。本人のインタビューで確認できるのは、大学に進学したこと、留年が決まり中退を選んだことです。

芸人になる決断には、家族への思いもありました。大東さんは大学を辞めてNSCへ進むことに対して、母親から卒業してからでもよいのではないかと止められた経験を語っています。本人も、芸人になるという理由で大学を辞めようとする自分に情けなさを感じ、両親の前で泣いたことを明かしています。

それでも最終的にはお笑いの道を選択。1人でNSCに入ることへの不安もあり、親しかった東良介さんを誘うことになります。

父親の大東旭さんはボクシング界で活躍した人物

大東翔生さんの家族について、特に話題になったのが父親の経歴です。

父親は大東旭さん。元プロボクサーで、ボクシングの日本王座を10度防衛した実績を持つ人物です。さらに世界ランキング5位まで上り詰めた経歴も、2025年5月のテレビ番組出演時に紹介されました。

その後、大東旭さんはK-1ファイターへ転身しています。2005年12月31日に開催されたK-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!では、魔裟斗選手と対戦しました。

K-1の公式選手記録によると、この試合は2ラウンド1分58秒、右ローキックによるTKOで魔裟斗選手の勝利となっています。

2025年5月5日放送の日本テレビ系「有吉ゼミ」に出演した大東翔生さんも、父親のボクシング経歴や魔裟斗選手との対戦について紹介。父親が元プロボクサーで、その後K-1ファイターになったという意外な家族のエピソードが話題になりました。

ここで押さえておきたいのは、ボクシングで日本王座を10度防衛したのは父親の旭さんだということです。大東翔生さん本人については、吉本興業の公式プロフィールにボクシングが特技として記載されています。

【東良介との結成秘話】高校の同級生から2014年にダブルヒガシ結成へ

ダブルヒガシの魅力を語るうえで欠かせないのが、相方の東良介さんとの関係です。2人は芸人になってから出会ったのではなく、高校時代から付き合いのある同級生でした。

2人の出会いは高校1年生のころ

2022年に関西のカルチャーWEBメディア「MARZEL」で公開されたインタビューでは、2人が高校1年生のころに親しくなった経緯が紹介されています。

きっかけは共通の友人から誘われたお泊まり会でした。東さんはそこで初めて大東さんと出会います。

当時の大東さんは、見た目の印象が強く、東さんは最初こそ少し怖い人物だと感じたそうです。しかし、話してみると非常に面白く、友人から突然振られた無茶ぶりにも即座に反応。その場で「猫のしっぽ!」と答えたエピソードを、2人はインタビューで振り返っています。

東さんにとって、大東さんは高校時代から面白さが際立つ存在でした。この出会いが、後のコンビ結成につながっていきます。

大学生の大東と社会人の東が芸人を目指した理由

高校卒業後、2人は別々の道に進みました。

大東さんは大学へ進学。一方、東さんは一般企業に就職し、社会人として働いていました。

大学を中退することを考えた大東さんは、以前から面白いと思っていた東さんにNSCへの入学を持ちかけます。しかし、最初から東さんが賛成していたわけではありません。社会人として働いていたため、芸人になる誘いには当初慎重でした。

その後、東さん自身も仕事にやりがいを感じにくくなっていた時期があり、大東さんの誘いを受けて芸人になる決断をします。

大東さんは当時の経緯について、東さんとは高校卒業後も食事に行くほど仲がよく、何度も誘っていたと振り返っています。最終的に東さんから一緒に芸人になる意思を伝えられ、2人でNSCに進むことになりました。

コンビ名「ダブルヒガシ」の由来

コンビ名のダブルヒガシは、2人の名字に由来しています。

東良介さんの名字は「東」、大東翔生さんの名字は「大東」。高校時代から周囲にダブルヒガシと呼ばれており、コンビ結成時にも自然な流れでこの名前を採用しました。

吉本興業の公式プロフィールによると、コンビの結成年月日は2014年4月1日。2人ともNSC大阪校36期生です。

大東翔生と東良介のプロフィール・関係性

  • 大東翔生:1993年1月16日生まれ、大阪府大阪市出身。身長174cm。ボケ担当でネタ作成を担う。
  • 東良介:1992年8月25日生まれ、大阪府大阪市出身。身長183cm。ツッコミ担当。
  • 共通点:高校の同級生、NSC大阪36期、2014年4月1日にコンビ結成。

2人の関係は、単なる仕事上のパートナーというだけではありません。学生時代から互いの面白さを知っていたことが、芸人としての信頼関係の土台になっています。

【受賞歴・漫才スタイル】2023年の2冠から2024年の上方漫才協会大賞まで

ダブルヒガシは、結成直後から大きな賞を獲得したわけではありません。劇場で経験を積み、漫才のスタイルを模索しながら着実に実績を伸ばしてきたコンビです。

ダブルヒガシの主な受賞歴・キャリア年表

時期 出来事・受賞歴 意味・実績
2014年4月1日 ダブルヒガシ結成 NSC大阪36期の同級生コンビとして活動開始
2019年 今宮戎マンザイ新人コンクール 香川登枝緒記念敢闘賞
2021年 第42回ABCお笑いグランプリ 決勝進出
2021年 歌ネタ王決定戦FINAL 準優勝
2022年 第11回ytv漫才新人賞決定戦 準優勝
2023年 第12回ytv漫才新人賞決定戦 優勝
2023年 第44回ABCお笑いグランプリ 優勝
2023年 M-1グランプリ ワイルドカードで準決勝進出
2024年1月 第9回上方漫才協会大賞 大賞受賞
2026年4月 東京進出 活動拠点を大阪から東京へ移す

この年表からも分かるように、ダブルヒガシの大きな転換点は2023年です。

3月には第12回ytv漫才新人賞決定戦で優勝。続いて第44回ABCお笑いグランプリでも優勝し、関西のお笑い界で一気に存在感を高めました。

さらに2024年1月8日には、前年の活躍を評価する第9回上方漫才協会大賞で大賞を受賞。2023年の2冠に続く大きな実績となりました。

M-1グランプリ2023ではワイルドカードから準決勝へ

ダブルヒガシの賞レース実績で見落とせないのが、M-1グランプリです。

2023年大会では、TVerで実施されたワイルドカード企画で得票数1位となり、準決勝への進出を果たしました。

ワイルドカードは、準々決勝で敗退したコンビのなかから視聴者投票によって1組が準決勝へ復帰できる制度です。ダブルヒガシはこの枠を獲得し、強豪コンビが集まる準決勝の舞台に立ちました。

ただし、準決勝進出と決勝進出は別の結果です。2023年のM-1で決勝進出を果たしたわけではありません。この経験が、後年の東京進出やM-1への挑戦意欲を考えるうえでも重要になります。

大東が作るネタとダブルボケの進化

大東さんは、コンビのボケ担当であると同時にネタ作成も担っています。過去のインタビューでは、基本的に大東さんがネタの原案を作り、2人で話し合いながら完成させる方法を明かしています。

ダブルヒガシの漫才は、大東さんの個性的な発想やキャラクターを生かした展開が特徴です。一方で、東さんも単純にツッコミに徹するだけではありません。ネタによっては両方がボケに回るダブルボケの構成も取り入れています。

2025年のインタビューでは、2023年にytv漫才新人賞を獲得する約1年前から、ボケとツッコミの役割を固定しないスタイルを試していたことを2人が語っています。

この変化は、単に漫才のテンポを速くしたという話ではありません。2人の掛け合いそのものを笑いに変える方向へ進化させた点に特徴があります。

高校時代から互いの性格や反応を知っているからこそ成立する、自然な掛け合いもダブルヒガシの強みです。

【2026年最新】ダブルヒガシの東京進出はなぜ?大東翔生の現在と今後

2026年のダブルヒガシを語るうえで最大のニュースが、4月からの東京進出です。

2026年1月に東京進出を発表

2026年1月29日、ダブルヒガシは自身のYouTubeチャンネル「ダブルヒガシの列伝チャンネル」で、4月から東京へ活動拠点を移すことを発表しました。

翌30日には、大東さんと東さんがそれぞれSNSでも東京進出を報告。大東さんは大阪への感謝を伝え、東さんも新しい環境への挑戦を表明しました。

「4月からダブルヒガシで東京行ってきまーす! 大阪ほんまありがとう!」

この発表は、単なる活動場所の変更ではありません。関西の劇場とテレビ番組を中心に活躍してきた2人が、全国的な知名度を獲得するために新しい市場へ挑む決断でした。

東京進出の背景にあったM-1への思い

2026年7月14日公開のマイナビニュースのインタビューでは、2人が東京進出の背景を詳しく語っています。

東さんによると、東京進出は突然決まったものではなく、約2年前からマネージャーを交えて話し合ってきた計画でした。

当初はM-1グランプリの決勝進出を東京へ移るタイミングの目安にする案もあったものの、最終的には2026年4月の移籍を決断しています。

2人が目指しているのは、東京で仕事を増やすことだけではありません。全国的に知名度を上げ、将来的にはなんばグランド花月(NGK)の舞台に立ったときにも、多くの観客に喜んでもらえる芸人になることです。

東さんはM-1決勝への進出を今後の目標として挙げ、大東さんも決勝進出によって全国的な知名度を獲得したいという意欲を示しました。

年間約900ステージをこなした関西時代

FRIDAYデジタルが2026年5月10日に公開したインタビューでは、2人が大阪時代に経験した多忙な仕事環境についても語っています。

大東さんによると、前年まで年間約900ステージをこなしていた時期があり、急激な仕事の増加によって体調を崩したこともあったそうです。

東さんも、大阪では劇場とテレビ局の距離が近く、1日に複数の劇場出演やテレビ収録、生放送を組み合わせられる環境だったと説明しています。

関西で仕事が十分にあったからこそ、東京へ移る必要性を慎重に考える時間があったとも受け取れます。東京進出は大阪での実績が足りなかったからではなく、次の段階へ進むための選択だったのです。

2026年3月に「せやねん!」を卒業

東京進出に伴う変化は、レギュラー番組にも表れました。

ダブルヒガシは、MBSの情報番組「せやねん!」を2026年3月21日の出演をもって卒業しました。

最後の出演回では、担当コーナー「探検2択ウォーク」で岡山を訪問。2人の父親も参加したロケが放送され、関西のファンや家族への感謝を伝える内容となりました。

また、GAORAの冠レギュラー番組「推してまえ!ダブルヒガシ」は、2026年6月6日に最終回が放送されています。

そのため、吉本興業のプロフィールなどに過去のレギュラー番組が掲載されている場合でも、2026年11月時点の現行レギュラーと過去の出演実績は区別して見る必要があります。

東京進出後の現在は?YouTubeや劇場出演にも注目

東京進出後の活動については、2026年7月のマイナビニュースのインタビューが参考になります。

2人は東京の交通事情や移動環境に慣れていく途中でありながら、さまざまなメディアへの出演機会を得ていると説明しています。大東さんは、上京後に始めたYouTubeの編集にも取り組んでいると明かしました。

ラジオでも新しい仕事が生まれています。文化放送は2026年4月27日、5月5日放送の特別番組「ダブルヒガシの密解現場」を発表しました。東京進出後、文化放送で初めて冠特別番組を担当する機会となりました。

加えて、11月3日には東京・紀伊國屋ホールで「ダブルヒガシの猛列伝チャンネル~チャンネルはそのままで~」の公演が予定されています。11月12日には渋谷よしもと漫才劇場でダイタクとのツーマンライブも予定されています。

このように、テレビだけでなく、劇場、ラジオ、YouTubeなど複数の媒体で活動の幅を広げていることが、2026年のダブルヒガシの現在地です。

東京進出はゴールではありません。関西で培った舞台経験を全国へ広げながら、M-1決勝という新しい目標に挑戦する段階に入っています。

【ダブルヒガシ大東に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:ダブルヒガシの大東翔生は何歳ですか?
A1:1993年1月16日生まれです。2026年11月2日時点で33歳です。

Q2:大東翔生の身長と出身地は?
A2:吉本興業の公式プロフィールによると、身長174cm、出身地は大阪府大阪市です。

Q3:大東翔生の父親は本当にK-1ファイターですか?
A3:はい。父親の大東旭さんは元プロボクサーで、ボクシング日本王座を10度防衛した経歴があります。その後K-1ファイターに転身し、2005年大みそかには魔裟斗選手と対戦しました。

Q4:大東翔生の出身大学はどこですか?
A4:大学に進学したことと、留年をきっかけに中退したことは本人のインタビューで語られています。学歴を紹介する一部の二次資料では阪南大学とされていますが、吉本興業の公式プロフィールでは大学名は公表されていません。

Q5:ダブルヒガシはいつ結成されましたか?
A5:2014年4月1日です。大東翔生さんと東良介さんは高校時代の同級生で、ともにNSC大阪校36期生です。

Q6:ダブルヒガシは東京に進出したのですか?
A6:はい。2026年4月から活動拠点を東京へ移しました。2026年1月に発表し、同年3月にはMBS「せやねん!」を卒業しています。

まとめ:ダブルヒガシ大東の魅力は経験と挑戦を重ねる姿勢にある

ダブルヒガシの大東翔生さんは、1993年1月16日生まれ、大阪府大阪市出身の33歳。身長174cm、NSC大阪36期生で、東良介さんと2014年4月1日にコンビを結成しました。

大学時代の留年をきっかけに芸人の道を選び、親しい友人だった東さんを誘ってNSCへ進学。高校時代から培ってきた関係性を生かしながら、漫才師としてのキャリアを築いてきました。

2023年のytv漫才新人賞とABCお笑いグランプリの2冠、2024年の上方漫才協会大賞受賞は、その実力を示す大きな成果です。

そして2026年4月、2人は大阪での実績を背負って東京へ進出しました。年間約900ステージを経験した関西時代を経て、現在は全国的な知名度とM-1グランプリ決勝進出を目標に活動しています。

【プロの結論】

大東翔生さんを理解するうえで重要なのは、賞レースの優勝回数だけで評価しないことです。高校時代からの相方との関係、大学中退という進路変更、劇場での試行錯誤、そして漫才のスタイルを変えながら結果を出した過程にこそ、芸人としての強みがあります。

また、2026年の東京進出は、関西での活動を捨てる選択ではなく、関西で築いた実績を全国へ広げるための挑戦です。今後のダブルヒガシを見る際は、テレビ出演の増加だけでなく、劇場での漫才、YouTubeやラジオでの発信、そしてM-1への取り組みを合わせて追うと、2人の成長がより立体的に見えてきます。

関西の賞レースを制したダブルヒガシが、東京という新しい舞台でどこまで知名度を広げられるのか。大東翔生さんと東良介さんの次の大きな目標に、引き続き注目が集まります。

主な確認資料

- 吉本興業公式プロフィール・受賞歴・コンビ情報
- マイナビニュース(2026年7月14日、本人インタビュー・東京進出の背景)
- MARZEL(高校時代の出会い・結成秘話)
- 日刊スポーツ(2026年1月30日、東京進出発表)
- 読売テレビ・よしもと漫才劇場(賞レース受賞記録)
- スポニチ・ENCOUNT・K-1公式(父親の格闘技経歴と対戦記録)
- 文化放送・FANYチケット(2026年の活動・公演情報)
- FRIDAYデジタル(大阪時代の仕事量と東京進出の背景)

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コンテンツディレクター 安曇 瑞希
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