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坂東玉三郎の現在は?2026年公演予定と人間国宝の歩み、音楽活動を徹底解説

安曇 瑞希 安曇 瑞希 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
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2026年11月現在、歌舞伎界を代表する五代目坂東玉三郎は、76歳を迎えても舞台に立ち続けている。歌舞伎座での地唄舞『雪』『残月』、博多座での特別公演、御園座の記念公演に加え、フルオーケストラとのコンサートや全国各地での「お話と素踊り」など、活動の幅は歌舞伎だけにとどまらない。

2012年に重要無形文化財「歌舞伎女方」の保持者、いわゆる人間国宝に認定された玉三郎。2024年には五代目襲名60周年を迎え、歌手としてもアルバムを発表してきた。2026年の公式公演情報を軸に、若い頃からの経歴、立女形としての評価、音楽活動、今後の公演予定まで、その現在地を整理する。

【2026年の現在】坂東玉三郎は76歳でも舞台の第一線で活躍中

坂東玉三郎

坂東玉三郎の現在を知るうえで注目したいのは、2026年の公演実績だ。単に過去の名舞台を振り返るだけではなく、歌舞伎、舞踊、映像、音楽という複数の分野で新しい観客との接点を作っている。

2026年は新橋演舞場、歌舞伎座、博多座、御園座に出演

2026年4月8日から23日までは、新橋演舞場で「坂東玉三郎特別公演」を開催。プログラムには、口上、琴・三味線・胡弓による「三曲糸の調べ」、映像作品「夢二慕情」、舞踊劇『長崎十二景』が並んだ。

8月2日から26日までは歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」第三部に出演し、地唄舞『雪』と『残月』を披露した。『雪』は約5年ぶり、『残月』は歌舞伎座での初披露という節目の舞台だった。

9月には博多座で約4年ぶりとなる特別公演を開催。新橋演舞場で好評を得たプログラムを九州でも披露し、9月3日から14日まで公演を行った。追加公演が設けられたことも、関心の高さを示す動きだった。

さらに10月3日から20日までは、創立130周年を迎えた御園座の「御園座錦秋歌舞伎」に出演。「壽御園座花見踊」や、前年に歌舞伎座で上演した『火の鳥』の再演などに取り組んだ。

玉三郎は自身の公式サイトで、御園座公演を振り返り、次のように記している。

「毎日満席のお祝いの御園座で、万雷の拍手を頂き、本当に嬉しく有難い公演となりました。」

これは2026年11月の公式コメントに掲載された本人の振り返りである。長年にわたり舞台を重ねてきた大劇場で、現在も観客を迎える仕事を続けていることが分かる。

2026年10月31日にはオーケストラコンサートも開催

歌舞伎以外の活動として大きな話題になったのが、10月31日に愛知県芸術劇場コンサートホールで開催された「坂東玉三郎 Premium Symphonic Concert with 春風亭小朝」だ。

指揮は栁澤寿男、演奏は中部フィルハーモニー交響楽団。春風亭小朝が音楽噺で公演をナビゲートし、玉三郎自身が選んだシャンソン、ジャズ、ミュージカルなどの楽曲をフルオーケストラとともに披露した。

2026年の活動を振り返ると、玉三郎は歌舞伎を離れたのではなく、伝統芸能を中心に据えながら、異なる表現形式にも取り組んでいる。その姿勢こそ、現在の活動を理解する要点だ。

【経歴と若い頃】坂東玉三郎はどのように大名跡を継いだのか

五代目坂東玉三郎は1950年4月25日、東京都に生まれた。本名は守田親市。2026年11月現在76歳である。

歌舞伎界の名門に生まれた俳優とは異なり、幼少期から芸を磨き、舞台経験を積み重ねて現在の地位を築いてきた。

6歳で守田勘弥の部屋子となり、7歳で初舞台

1956年、玉三郎は十四世守田勘弥の部屋子となった。翌1957年12月、東横ホールで上演された『寺子屋』の小太郎役で初舞台を踏み、坂東喜の字を名乗った。

まだ7歳という幼さだったが、歌舞伎の舞台に立つことが、その後の長い芸道人生の出発点となった。

1964年6月には十四世守田勘弥の養子となり、歌舞伎座で五代目坂東玉三郎を襲名する。当時14歳。『八代目市川團十郎』のおみよ、『心中刃は氷の朔日』のおたまなどを勤めた。

ここで重要なのは、玉三郎の襲名が単なる芸名変更ではなかったことだ。歌舞伎の名跡を継ぐことは、芸の伝承とともに、その名にふさわしい舞台を次世代へつないでいく責任を担うことでもある。

若い頃から女方として頭角を現す

成長するにつれて、玉三郎は女方としての存在感を強めていった。

代表的な役柄には『椿説弓張月』の白縫姫、『桜姫東文章』の桜姫などがある。女性の美しさを外見だけで表現するのではなく、人物の心理や感情、気品、内面の揺らぎまで舞台上に作り上げる演技が持ち味となった。

若い頃から注目されたのは、容姿の美しさだけではない。指先の動き、視線、首の傾け方、歩き方など、身体の細部まで使った表現力だった。

海外の舞台芸術家との交流で表現領域を拡大

1980年代以降は海外での活動も本格化する。1984年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場100周年記念公演に招かれ、『鷺娘』を上演した。

その後もフランスやヨーロッパでの公演に参加。演出家アンジェイ・ワイダの舞台『ナスターシャ』、映画監督ダニエル・シュミットとの仕事、チェリストのヨーヨー・マとの芸術的な共演など、異なる分野の芸術家との交流を広げた。

泉鏡花の作品を舞台化した『天守物語』も代表的な仕事の一つである。歌舞伎の古典的な様式を守るだけでなく、文学や映像、音楽との接点を生み出してきたことが、玉三郎の芸術家としての特徴になっている。

【人間国宝・立女形】坂東玉三郎の評判と評価される理由

坂東玉三郎を語る際に欠かせない言葉が「人間国宝」と「立女形」だ。ただし、この二つは同じ意味ではない。

2012年に歌舞伎女方の人間国宝に認定

2012年7月20日、文化審議会は坂東玉三郎を重要無形文化財「歌舞伎女方」の保持者として認定するよう答申した。同年9月に認定され、歌舞伎女方としては5人目の人間国宝となった。

日本俳優協会が公表した認定理由では、伝統的な歌舞伎女方の技法を高度に体現し、時代物、世話物、新歌舞伎、舞踊など幅広い分野で美と品格を備えた演技を示していることが評価されている。

また、後進の育成や歌舞伎の振興に尽力していることも認定理由に含まれている。

つまり、人間国宝という評価は、舞台上の人気や知名度だけによるものではない。伝統技法を高い水準で体現し、それを後世に伝える役割も含めた評価なのである。

立女形とは歌舞伎の女方の最高位を指す

立女形(たておやま)とは、一座の女方の中で最高位に位置する役者を指す言葉だ。

歌舞伎では女性役を演じる俳優を通常「女方」と表記する。立女形は、その女方の中でも主要な女性主人公を演じる第一級の役者を意味する。

代表的な役柄には『助六由縁江戸桜』の三浦屋揚巻、『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子などがある。単に女性らしく見せるだけでは務まらず、演技力、品格、華やかさ、舞踊の技術などが求められる。

玉三郎は、この立女形としての芸を長年にわたって磨き上げてきた。

歌舞伎の評判を支えるのは美しさだけではない

玉三郎の舞台が評価される理由は、大きく三つに整理できる。

第一は、身体表現の精度。指先や視線、姿勢、歩幅といった細部の積み重ねによって、役柄の年齢や性格、心理を表現する。大きな動きだけでなく、動かない時間にも意味を持たせる芸が特徴だ。

第二は、古典から新作まで対応する表現力。時代物、世話物、泉鏡花作品、新歌舞伎、舞踊と、ジャンルを限定せず舞台を作ってきた。海外の芸術家との交流も、その表現の幅を広げる契機になった。

第三は、芸を継承する立場としての活動。2012年の人間国宝認定においても、後進の育成と歌舞伎振興への貢献が評価されている。

加えて、2013年にはフランス芸術文化勲章の最高章コマンドゥールを受章。2014年の紫綬褒章、2016年の日本芸術院賞・恩賜賞、2019年の高松宮殿下記念世界文化賞や文化功労者認定など、国内外で評価を重ねている。

こうした受賞歴を踏まえると、玉三郎の評判は「美しい女方」という一言だけでは説明できない。伝統を守る技術と、表現の可能性を広げる創造性の両方が評価されている。

【経歴と関係者一覧】坂東玉三郎の芸を形づくった作品と人物

玉三郎の活動を時系列で追うと、歌舞伎の名跡、代表的な舞踊作品、海外の芸術家、音楽活動が互いにつながっていることが分かる。

特に注目したいのは、歌舞伎の伝統を基盤にしながら、映画、オペラ、音楽、現代の舞台芸術へと表現領域を広げてきた点だ。

時期 人物・作品・出来事 玉三郎との関係・意味
1957年 『寺子屋』 坂東喜の字として初舞台。芸道人生の出発点。
1964年 十四世守田勘弥 養子となり、五代目坂東玉三郎を襲名。
1970年代以降 『白縫姫』『桜姫』 女方として主要な役柄を担い、評価を確立。
1984年 メトロポリタン歌劇場 『鷺娘』を上演し、海外での活動を広げる。
1989年 アンジェイ・ワイダ 舞台『ナスターシャ』で国際的な演劇交流を展開。
2012年 重要無形文化財「歌舞伎女方」 人間国宝に認定。同年4月から鼓童の芸術監督も務める。
2024年 アルバム『夢の中に君がいる』 五代目襲名60周年の年にカバーアルバムを発売。
2025年 アルバム『バラ色の人生』 シャンソンを中心としたカバーアルバムの第二弾。
2026年 『雪』『残月』・4Kリマスター企画 地唄舞の上演と過去の舞踊映像の保存・再公開を推進。

この年表から見えてくるのは、玉三郎のキャリアが一つのジャンルに閉じていないことだ。歌舞伎の舞台で磨いた身体表現を、海外演劇や音楽、映像へと応用してきた。その積み重ねが現在の多面的な活動につながっている。

襲名60周年は2024年、初舞台からの年数とは異なる

ここで混同しやすいのが「坂東玉三郎 襲名60周年」という表現だ。

五代目坂東玉三郎を襲名したのは1964年6月。したがって、襲名60周年に当たるのは2024年である。一方、初舞台は1957年なので、初舞台から60年という意味ではない。

この違いは、2024年に発売されたアルバム『夢の中に君がいる』を理解する際にも重要だ。ユニバーサルミュージックの紹介では、同作は60周年を迎えた2024年に発売されたカバーアルバムとして位置づけられている。

【歌手活動とコンサート】『バラ色の人生』『夢の中に君がいる』の魅力

坂東玉三郎には、歌舞伎俳優とは別の顔がある。シャンソンやポップス、ジャズなどを歌う歌手としての活動だ。

歌手活動は2026年に突然始まったものではない。2017年には『邂逅~越路吹雪を歌う』を発表しており、長年にわたって歌と音楽に向き合ってきた。

2024年『夢の中に君がいる』は20曲を収録

2024年12月11日に発売されたアルバム『夢の中に君がいる』は、全20曲を収録したカバー作品だ。

タイトル曲のほか、『私の心はヴァイオリン』『セ・シ・ボン』『群衆』『My Way』『愛の讃歌』など、シャンソンや海外のスタンダード、日本のポップスまで幅広い楽曲が収められている。

井上陽水の『少年時代』や、さまざまなジャンルの楽曲を並べた構成からは、玉三郎が歌を通して表現しようとしている世界の広さが伝わる。

2025年『バラ色の人生』はシャンソンを中心とした第二弾

2025年11月26日には、カバーアルバム第二弾『バラ色の人生』を発売した。

越路吹雪と岩谷時子のコンビによるシャンソンの名曲を中心に、スタンダードや日本のポップスなど全18曲を収録。『オー・シャンゼリゼ』『雪が降る』『パダム・パダム』『ラストダンスは私に』『星に願いを』などが並ぶ。

編曲は前作に続いてピアニストの三枝伸太郎が担当。玉三郎自身が訳詞を手掛けた楽曲も含まれている。

この二作品は、単に有名曲を歌う企画ではない。歌詞の意味や楽曲の背景を理解し、声と表情を通して物語を伝える点で、舞台俳優としての表現力と深く結びついている。

2026年のオーケストラコンサートで披露した楽曲

2026年10月31日の「Premium Symphonic Concert with 春風亭小朝」では、歌とオーケストラ、話芸を組み合わせた構成が採用された。

第一章では春風亭小朝がショパンの人生と音楽を語り、ピアノ協奏曲第1番の第1楽章を演奏。第二章では玉三郎がオーケストラをバックに歌い、最終章では二人による芸術談義が行われた。

第二章の演奏曲には、次のような作品が含まれていた。

  • 『スターダスト』
  • 『枯葉』
  • 『誰もいない海』
  • 『バラ色の人生』
  • 『ラスト・ダンスは私に』
  • 『オー・シャンゼリゼ』
  • 『サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー』
  • 『センド・イン・ザ・クラウンズ』
  • 『愛の賛歌』
  • 『水に流して』
  • 『星に願いを』

共演したのは春風亭小朝、指揮者の栁澤寿男、中部フィルハーモニー交響楽団。ジャンルの異なる芸術家が一つの舞台を作り上げる企画だった。

また、2026年11月26日には金沢歌劇座で「坂東玉三郎・春風亭小朝の越路吹雪物語」が予定されている。対談、春風亭小朝の落語、二人による『越路吹雪物語』という構成で、歌と話芸を融合した舞台が再び実現する。

【2026年公演予定】「お話と素踊り」「地唄舞『残月』」の見どころ

2026年後半の活動で特に注目されるのが、全国各地で開催される「坂東玉三郎(人間国宝・歌舞伎俳優)~お話と素踊り~」だ。

この公演は、玉三郎が歌舞伎の魅力や立女形の神髄について語るトークコーナーと、地唄舞『残月』を組み合わせた特別企画である。

「お話と素踊り」は何が特別なのか

歌舞伎の舞踊では、衣裳、化粧、鬘なども重要な表現要素となる。一方、素踊りでは華やかな扮装を用いず、踊り手自身の身体表現を中心に舞台を作る。

玉三郎は公演に寄せた挨拶で、素踊りについて次のように説明している。

「素踊りは自分の持っているもの全てが観えてしまいます」

衣裳や化粧による演出に頼らず、身体の動きや間、視線、姿勢だけで観客を引き込まなければならない。長年の経験によって培われた芸の本質が、より直接的に表れる形式だ。

地唄舞『残月』とはどんな演目か

『残月』は、地歌筝曲の伝統を受け継ぐ格調高い作品。玉三郎が2026年の「お話と素踊り」で披露する演目でもある。

2026年8月には歌舞伎座でも上演され、同年11月の特別企画でも再び取り上げられることになった。

『残月』の魅力は、派手な動きや大掛かりな舞台装置に依存しないところにある。音楽の旋律に身体の動きを重ね、静けさの中に感情や情景を立ち上げる。歌舞伎の女方として培った技術が、別の伝統舞踊の形式でどう生かされるかを確かめられる機会だ。

2026年11月の「お話と素踊り」公演日程

主催者のサンライズプロモーションが公表している主な11月公演日程は次の通りだ。

  • 11月1日:東京・ルネこだいら
  • 11月3日:山形・やまぎん県民ホール
  • 11月7日:奈良・なら100年会館
  • 11月8日:大阪・南海浪切ホール
  • 11月17日:東京・北とぴあ さくらホール
  • 11月23日:兵庫・SHOWAグループ市民会館(加古川市民会館)
  • 11月24日:東京・かつしかシンフォニーヒルズ

公演では観客からの質問に玉三郎が答える企画も用意されている。舞台上の演技だけでは伝わりにくい歌舞伎の仕組みや、立女形としての考え方を本人の言葉で聞けることも見どころだ。

12月には歌舞伎座で市川團十郎と共演

2026年12月2日から25日まで開催される歌舞伎座「十二月大歌舞伎」では、第三部の『与話情浮名横櫛』に出演する。

玉三郎が演じるのはお富。市川團十郎が与三郎を演じる。二人の共演は2015年7月の歌舞伎座公演以来、約11年ぶりとなる。

『与話情浮名横櫛』は「切られ与三」の通称でも知られる世話物の名作。木更津での出会いから「源氏店」での再会までを描き、お富と与三郎の関係性や、江戸情緒を感じさせる台詞が見どころとなる。

加えて、12月2日には松竹から「坂東玉三郎舞踊集 4Kリマスター Blu-ray BOX」が発売予定だ。

2005年発売のDVD-BOXに収録された舞台映像を玉三郎自身の監修のもとで4Kデジタル修復し、Blu-ray7枚組、約658分の映像作品として再構成したもの。『京鹿子娘道成寺』『鷺娘』『楊貴妃』『鏡獅子』『お夏狂乱』『藤娘』などに加え、『京鹿子娘二人道成寺』『二人藤娘』も収録される。

なお、4Kリマスターという名称だが、商品仕様上はBlu-rayの1080p映像として収録される。4K UHD Blu-rayとは異なるため、購入時には仕様を確認したい。

【よくある質問】坂東玉三郎の現在・経歴・公演に関するFAQ

Q1:坂東玉三郎は2026年現在何歳ですか?
A1:1950年4月25日生まれで、2026年11月現在76歳です。現在も歌舞伎や舞踊、コンサートなど幅広い舞台活動を続けています。

Q2:坂東玉三郎が人間国宝に認定されたのはいつですか?
A2:2012年9月です。重要無形文化財「歌舞伎女方」の保持者として認定され、同分野では5人目の人間国宝となりました。

Q3:坂東玉三郎の襲名60周年は何年ですか?
A3:2024年です。1964年6月に五代目坂東玉三郎を襲名してから60年に当たります。1957年の初舞台から60年という意味ではありません。

Q4:2026年の「お話と素踊り」では何を披露しますか?
A4:歌舞伎や立女形についてのトークと、地唄舞『残月』を披露します。衣裳や化粧などを用いず、身体表現そのものを見せる素踊りが特徴です。

Q5:坂東玉三郎は歌手としても活動していますか?
A5:はい。2017年の『邂逅~越路吹雪を歌う』をはじめ、2024年に『夢の中に君がいる』、2025年に『バラ色の人生』を発表。2026年もオーケストラコンサートなどで歌声を披露しています。

まとめ:坂東玉三郎の現在は伝統の継承と新しい芸術表現の両立

坂東玉三郎の2026年の活動を振り返ると、76歳になった現在も歌舞伎、舞踊、音楽、映像という複数の分野で舞台芸術に向き合っていることが分かる。

2012年の人間国宝認定は、長年積み上げてきた女方としての技術と、伝統芸能を後世に伝える役割が公的に評価された節目だった。2024年の襲名60周年、2025年のアルバム発売、2026年のオーケストラコンサートや『残月』の上演は、その活動が現在も広がり続けていることを示している。

玉三郎の舞台を初めて見る人には、華やかな女方の芸を堪能できる歌舞伎座の『与話情浮名横櫛』がおすすめだ。身体表現そのものに関心がある人には「お話と素踊り」、音楽や歌声に興味がある人には『夢の中に君がいる』『バラ色の人生』が入り口になる。

劇場で生の舞台を見るか、音楽アルバムを聴くか、4Kリマスター映像で過去の名演を振り返るか。楽しみ方は一つではない。

伝統を守りながら、表現の可能性を広げていく。2026年の坂東玉三郎の現在地は、まさにその二つを両立させる芸術家の姿にある。