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【死亡説の真相】MY FIRST STORYのメンバーに何があった?

有馬 莉子 有馬 莉子 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

まず押さえておきたいのは、死亡・脱退・活動休止は、それぞれまったく異なる出来事だという点だ。

MY FIRST STORYは2011年夏に東京・渋谷で結成されたロックバンド。2012年4月に1stフルアルバム『MY FIRST STORY』をリリースしてデビューした。

結成当初はHiro、Sho、Teru、Masack、Nobの5人体制だった。その後、Shoのライブ活動休止、Masackの脱退、Kid'zの加入を経て、現在の4人体制になっている。

こうしたメンバーの変遷に加え、別のロックバンドのボーカリストの訃報が検索上で関連づけられることが、死亡説の背景にあると考えられる。

死亡説が生まれる主な3つの背景

1. 初期メンバーShoのライブ活動休止

2015年、ギタリストのShoが家庭の事情を理由にライブ活動を休止すると発表した。突然の発表だったこともあり、当時のファンにとって大きな出来事となった。

2. ドラマーMasackの脱退

2016年3月、Masackがバンドを脱退し、後任としてKid'zが加入した。メンバーの入れ替わりが死亡説と混同される可能性がある。

3. Pay money To my PainのKの訃報

2012年12月30日、Pay money To my PainのボーカリストKこと後藤慶が急性心不全で亡くなった。こちらは実際の訃報だが、MY FIRST STORYのメンバーではない。

この3つを区別すれば、検索キーワードに含まれる情報の意味が整理できる。

【2026年最新】MY FIRST STORYの現メンバー4人は誰?

myfirststoryメンバー死亡

公式プロフィールに掲載されているメンバー構成

2026年現在、MY FIRST STORYの公式プロフィールに掲載されているのは次の4人だ。

1. Hiro(ヒロ)|ボーカル


担当:ボーカル

MY FIRST STORYのフロントマン。力強い歌声と感情表現を特徴とし、バンドの楽曲やライブを牽引する中心人物。

Hiroはバンドの知名度を支える存在であり、MY FIRST STORYを代表するボーカリストだ。

2023年には日本レコード大賞の作詞賞を受賞。2024年にはHYDEとのコラボレーション楽曲「夢幻」がテレビアニメ『鬼滅の刃 柱稽古編』の主題歌に起用された。

公式プロフィールでもボーカルとして掲載されており、死亡説を裏付ける情報はない。

2. Teru(テル)|ギター


担当:ギター

結成時からバンドを支えてきたギタリスト。MY FIRST STORYのサウンドを構成する重要なメンバー。

Teruは初期メンバーの一人で、Shoのライブ活動休止やMasackの脱退後もバンドに残っている。

現在の公式プロフィールにもギター担当として掲載されている。

3. Nob(ノブ)|ベース


担当:ベース

結成時から在籍するメンバー。楽曲の土台となるベースを担当し、バンドの演奏を支える。

Nobも初期からのメンバーであり、メンバー交代を経た現在までMY FIRST STORYの一員として公式プロフィールに名前が掲載されている。

4. Kid'z(キッズ)|ドラム


担当:ドラム

2016年に加入したドラマー。Masackの後任としてバンドに加わり、現在の4人体制を構成する。

Kid'zは2016年3月、Masackの脱退発表と同時期に新ドラマーとして紹介された。

その後、MY FIRST STORYのライブや作品制作を支えてきた。2026年2月の活動休止発表時にも、公式メンバーとして名前が挙がっている。

現メンバー4人の一覧

メンバー 担当 現在の位置づけ
Hiro ボーカル 現メンバー
Teru ギター 現メンバー
Nob ベース 現メンバー
Kid'z ドラム 現メンバー

この4人が、2026年の公式プロフィールで確認できるMY FIRST STORYのメンバー構成だ。

【歴代メンバーの真相】Shoの活動休止とMasackの脱退理由を時系列で比較

MY FIRST STORYの死亡説を理解するには、初期メンバーの変遷を知る必要がある。

特に混同されやすいのがShoとMasackだ。両者は同じ理由でバンドを離れたわけではない。

Shoはなぜライブ活動を休止したのか?

2015年10月9日、MY FIRST STORYのギタリストShoが、年内の活動をもってバンドとしてのライブ活動を当面休止すると発表した。

Fanplus Musicなどの報道によると、理由はSho自身の家庭の事情だった。

ライブ活動を長期的に続けることが急きょ困難になり、メンバーやスタッフとの話し合いを経て決定したという。

当時の発表で注目したいのは、ライブ活動を休止する一方で、バンドを裏側から支える意向も示していたことだ。

Sho自身も、メンバーやチームとともに進み続けたいという思いをコメントで伝えている。

最後のワンマンライブは2015年12月2日にTSUTAYA O-EASTで開催された「WE ARE NOT ALONE Sho-TIME!!」だった。

つまり、Shoのケースは死亡ではなく、家庭の事情によるライブ活動の休止である。

Masackはなぜ2016年に脱退したのか?

Masackは結成当初からドラムを担当していたメンバーだ。

2016年3月3日、MY FIRST STORYはMasackの脱退とKid'zの加入を発表した。

ROCKIN'ON JAPANの報道に掲載されたMasack本人のコメントでは、脱退の理由について、バンドメンバーとして活動を続けることへの葛藤があり、自分自身と何度も向き合った末、一度リセットする必要があると判断したことが説明されている。

ここで重要なのは、Masackの脱退は本人とメンバー・関係者との話し合いを経た決断だったという点だ。

また、Masackは後任のKid'zについて、自分がかなわないと感じるドラマーだと評価し、温かく迎えてほしいという趣旨のメッセージを残している。

脱退後についても、音楽を見つめ直しながら別のステージで活動していく意向を示した。

したがって、Masackについても死亡説につながる事実はない。

歴代メンバーの変遷を一覧で整理

時期 メンバー・出来事 内容
2011年夏 初期5人で結成 Hiro、Sho、Teru、Nob、Masack
2012年4月 メジャーではなくインディーズからアルバムデビュー 1stアルバム『MY FIRST STORY』
2015年10月 Shoの休止発表 家庭の事情によるライブ活動休止
2015年12月 Shoの最後のワンマン出演 Sho-TIME!!
2016年3月 Masack脱退 本人の葛藤と再出発への決断
2016年3月 Kid'z加入 ドラム担当として新体制へ
2026年2月 バンド活動休止を発表 充電期間として活動を休止

この年表からも分かるように、Shoのライブ活動休止とMasackの脱退は別々の出来事である。

また、どちらもメンバーの死亡とは関係がない。

【別バンドの訃報】Pay money To my PainのK・後藤慶はなぜ亡くなった?

MY FIRST STORYの死亡説と関連して語られる人物として、Pay money To my PainのボーカリストKがいる。

Kの本名は後藤慶(ごとう・けい)。

彼は日本のロックシーンで活動していたPay money To my Painのボーカリストであり、MY FIRST STORYのメンバーではない。

Kの死因は急性心不全

CREATIVEMAN PRODUCTIONSが2013年1月10日に公表した訃報によると、Kは2012年12月30日の朝、横浜市内の自宅で急性心不全のため亡くなった。

享年は31歳だった。

報道によると、Kは亡くなる前年から精神的な疾患による体調不良を抱え、入退院を繰り返していた。

2012年10月には、予定されていた全国ツアーが中止となり、治療に専念するためバンド活動を一時休止していた。

その後、復帰に向けてリハビリを続けていたが、2012年12月30日に急逝した。

訃報は関係者やファンに大きな衝撃を与えた。

KとMY FIRST STORYは同じバンドのメンバーだった?

答えは明確に違う。

比較項目 MY FIRST STORY Pay money To my Pain
バンド名 MY FIRST STORY Pay money To my Pain
関連人物 Hiro、Teru、Nob、Kid'z K(後藤慶)
活動開始 2011年結成 MY FIRST STORYとは別のバンド
死亡に関する情報 現メンバーの死亡発表は確認されていない Kが2012年12月30日に逝去
訃報の死因 該当する訃報なし 急性心不全

このように、Kの訃報とMY FIRST STORYのメンバー変遷は別の出来事である。

なぜKの訃報がマイファスの死亡説と混同されるのか?

ロックバンドの情報を調べる読者にとって、メンバーの交代や活動休止、関係者の訃報は関連する検索結果として表示されることがある。

特にKの訃報は、2012年というMY FIRST STORYのデビュー時期と近い年代の出来事だ。

そのため、バンド名や人物の関係を確認せずに情報を読んでしまうと、別のバンドの訃報をMY FIRST STORYの出来事だと誤認する可能性がある。

しかし、KはPay money To my Painのボーカリストであり、MY FIRST STORYの歴代メンバーには含まれない。

Kの死をMY FIRST STORYのメンバー死亡と結びつけるのは、事実関係の取り違えである。

【2026年2月26日】MY FIRST STORYが活動休止を発表した理由と現在

今回の死亡説を調べるうえで、もう一つ見逃せない出来事がある。

それが、2026年2月26日に発表されたMY FIRST STORYのバンド活動休止だ。

このニュースはファンだけでなく、音楽メディアでも大きく報じられた。

公式発表で説明された活動休止の理由

2026年2月26日、MY FIRST STORYは公式サイト・公式SNSを通じて活動休止を発表した。

発表文はメンバーとスタッフ一同の名義で掲載され、今後の活動について何度も話し合いを重ねた結果、各メンバーが自分自身と向き合う時間を持ち、一度立ち止まって充電期間を設けるため、バンド活動を休止する決断に至ったと説明している。

発表の最後には、いつか戻ってくる日までという趣旨の言葉が添えられた。

この説明から分かるのは、活動休止がメンバーとスタッフによる話し合いを経て決まったことだ。

一方で、特定のメンバーの死亡や健康上の問題を理由とする発表ではない。

活動休止の背景について、公式発表を超える具体的な事情は明らかにされていない。

15周年という節目での発表

MY FIRST STORYは2011年夏に結成され、2012年4月にデビューした。

2026年は結成15周年にあたる節目の年だった。

これまでの歩みを振り返ると、2016年の日本武道館公演、2017年の幕張メッセ公演、2022年のデビュー10周年、2023年のONE OK ROCKとの東京ドームでの対バン企画など、活動規模を広げてきたことが分かる。

さらに2024年にはHYDEとのコラボレーション楽曲「夢幻」が『鬼滅の刃 柱稽古編』の主題歌に起用された。

バンドとして大きな実績を積み重ねてきたタイミングでの活動休止だっただけに、発表の影響は小さくなかった。

2026年11月現在、活動再開は決まっている?

2026年11月時点で、2月26日の活動休止発表において具体的な活動再開日は示されていない。

公式サイトのライブ情報も、現時点では新たな公演情報が掲載されていない状態となっている。

したがって、活動再開の時期については確定情報がない。

ただし、活動休止と解散は同じ意味ではない。

今回の発表は充電期間としての活動休止であり、メンバーが死亡したことや、バンドの解散を告知したものではない。

今後の動向を確認する場合は、公式サイトのNEWSやLIVE情報を基準にするのが確実だ。

【プロの結論】MY FIRST STORYの死亡説を見極める3つのポイント

ここまでの経緯を整理すると、死亡説が生まれる背景には、複数の異なる出来事が重なっている。

特に注意したいのは、音楽業界における次の3つの違いだ。

1. 脱退は死亡を意味しない

Masackは2016年にMY FIRST STORYを脱退した。

本人は音楽活動を続ける意向を示し、別のステージで新しい道を進むことを説明していた。

脱退という言葉だけを見て、その後の状況を確認せずに死亡説と結びつけるのは誤りだ。

2. 活動休止は解散とも死亡とも違う

Shoの2015年のライブ活動休止と、MY FIRST STORY全体の2026年の活動休止は、対象も理由も異なる。

Shoの場合は家庭の事情、2026年のバンド全体の休止については、メンバーが自分自身と向き合うための充電期間と説明されている。

同じ「活動休止」という言葉でも、内容を確認する必要がある。

3. 訃報は人物と所属バンドを確認する

Pay money To my PainのKのように、実際に亡くなったアーティストのニュースが存在することも事実だ。

しかし、その人物がどのバンドに所属していたのかを確認しなければ、別のグループの訃報として誤って伝わってしまう。

訃報を確認する際は、所属バンド、発表日、亡くなった日、公式発表の内容を照合することが大切だ。

MY FIRST STORYについても、公式プロフィールと公式発表を確認すれば、現メンバーの死亡説と過去のメンバー交代を区別できる。

【MY FIRST STORYのメンバー死亡説】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:MY FIRST STORYのメンバーで亡くなった人はいる?

A1:2026年11月現在、現メンバーのHiro、Teru、Nob、Kid'zについて、死亡したという公式発表や信頼できる報道は確認されていない。

Q2:MY FIRST STORYの現在のメンバーは何人?

A2:公式プロフィールに掲載されているのは4人。Hiro(ボーカル)、Teru(ギター)、Nob(ベース)、Kid'z(ドラム)である。

Q3:ShoはなぜMY FIRST STORYを離れたの?

A3:2015年、家庭の事情によって長期的なライブ活動が困難になったため、ライブ活動の休止を発表した。死亡や病気を理由とした発表ではない。

Q4:Masackの脱退理由は何?

A4:2016年3月、バンド活動を続けることへの葛藤や、自分自身を一度リセットしたいという思いから脱退を決断した。後任にはKid'zが加入した。

Q5:Pay money To my PainのKはMY FIRST STORYのメンバーだった?

A5:違う。Kこと後藤慶はPay money To my Painのボーカリスト。2012年12月30日に急性心不全で亡くなったが、MY FIRST STORYのメンバーではない。

Q6:MY FIRST STORYは2026年2月に解散したの?

A6:解散ではなく、バンド活動の休止を発表した。メンバーが自分自身と向き合うための充電期間と説明されている。2026年11月現在、再開日は発表されていない。

まとめ:MY FIRST STORYの死亡説は過去の脱退・休止・別バンドの訃報との混同

MY FIRST STORYのメンバー死亡説について、これまでの情報を整理すると、次のようになる。

- 現メンバーはHiro、Teru、Nob、Kid'zの4人。
- Shoは2015年に家庭の事情でライブ活動を休止した。
- Masackは2016年に本人の葛藤を理由に脱退した。
- Pay money To my PainのK(後藤慶)は2012年12月30日に急性心不全で亡くなったが、MY FIRST STORYとは別のバンドの人物。
- MY FIRST STORYは2026年2月26日に充電期間としてのバンド活動休止を発表した。

つまり、MY FIRST STORYのメンバーが亡くなったという情報と、実際に起きた過去の出来事は明確に区別する必要がある。

ShoやMasackのメンバー変遷、Kの訃報、2026年の活動休止は、それぞれ異なる背景を持つ出来事だ。

15年間にわたって音楽シーンで存在感を示してきたMY FIRST STORY。今後の活動再開については公式発表を待ちたい。

亡くなった人物への追悼と、現在活動するアーティストへの正確な情報発信。その両方を大切にすることが、音楽ファンに求められる姿勢ではないだろうか。


主な参考資料:MY FIRST STORY公式サイト・公式プロフィール、CREATIVEMAN PRODUCTIONSのK訃報、Fanplus MusicのSho活動休止報道、ROCKIN'ON JAPANのMasack脱退報道、スポニチ・日刊スポーツの2026年活動休止報道。

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映画・ドラマ担当として5年以上の取材経験。cinema領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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