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平手友梨奈の初期を徹底追跡!欅坂46加入から初センター、2026年の現在まで

安曇 瑞希 安曇 瑞希 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
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2015年、14歳で欅坂46の一期生として芸能活動をスタートさせた平手友梨奈。デビュー曲「サイレントマジョリティー」でセンターを務め、圧倒的な存在感を放った彼女には、現在のクールで独特な表現者というイメージとは異なる、明るく自然体な少女時代があった。

初期画像や昔の写真、当時のインタビューを振り返ると、オーディションを受けた理由は単純にアイドルになりたかったからではないことが分かる。2015年の加入から2016年の初センターまで、どのような経験を重ね、現在につながる表現力を育てていったのか。2026年のソロ活動の最新情報も交えながら、その原点を追う。

【2015年の原点】平手友梨奈が欅坂46のオーディションを受けた理由

平手友梨奈初期

14歳で芸能界へ。加入当時のプロフィール

平手友梨奈は2001年6月25日生まれ、愛知県出身。2015年8月に欅坂46の一期生オーディションに合格した。

当時は中学2年生。現在のように俳優やソロアーティストとしての実績があるわけではなく、芸能活動も本格的には始まっていない、ごく普通の中学生だった。

ソニーミュージックの公式プロフィールによると、欅坂46は2015年8月21日に結成され、平手も一期生として活動を開始した。

グループのオーディションには22,509人が応募。選ばれたメンバーのうち1人が辞退し、21人でのスタートとなった。

大人数の応募者の中から選ばれた平手は、その後、グループの象徴的な存在へと成長していく。

オーディションを受けた本当の動機は「自分を変えたい」

平手友梨奈の初期を知るうえで、特に重要なのが2016年1月3日に公開されたReal Soundのインタビューだ。

上村莉菜、鈴本美愉とともに登場したインタビューで、平手は欅坂46のオーディションに応募した理由を率直に説明している。

自分を変えたくて受けたんです。

本人によると、学校では家にいるときのように自分を出せず、そんな自分をあまり好きになれなかったという。

一方で、自分自身の性格は明るいほうだと認識していた。だからこそ、その明るさを外に出し、誰かを勇気づけられる存在になりたいと考えていた。

この話から見えてくるのは、当時の平手がアイドルになることそのものより、自分の内面を変えるきっかけを求めていたということだ。

2017年のマイナビニュースのインタビューでも、本人は中学2年生、14歳のときに応募したことを振り返り、アイドルになりたいという強い願望よりも、自分を変えたいという気持ちが応募の背景にあったと説明している。

オーディション合格時も実感がなかった?

2018年に出演したテレビ番組に関連するインタビューでは、オーディションに合格するとは思っていなかったという当時の心境も語られている。

合格した瞬間も、一般的に想像されるような大きな喜びや達成感があったわけではなく、実感が湧かなかったという。

こうしたエピソードは、後年の圧倒的なステージパフォーマンスからは想像しにくい。

最初から芸能界で成功することを目標にしていたというより、自分自身を変えるために踏み出した一歩が、結果として大きな転機になったのである。

【初期画像・昔の写真】平手友梨奈の初期の顔と笑顔は現在とどう違う?

2015〜2016年の写真に残る14歳の素顔

平手友梨奈の初期画像を探している人が注目するのは、現在の洗練されたビジュアルとの違いだろう。

2016年6月24日公開のSmart FLASHのインタビュー記事には、デビュー直後の平手の写真とプロフィールが掲載されている。

当時の紹介では、14歳の中学3年生らしいあどけなさと、凜とした表情、はつらつとした笑顔が印象として取り上げられていた。

特に興味深いのは、写真によって表情の印象が大きく異なる点だ。

- カメラを向けられたときの自然な表情
- インタビュー中に見せる柔らかな笑顔
- 音楽やパフォーマンスに向き合うときの真剣なまなざし
- 同年代の少女らしい無邪気な雰囲気

現在の平手に対しては、クールでミステリアスというイメージを持つ人も多い。しかし、初期の写真や取材記事には、より素朴で親しみやすい印象が残されている。

初期の笑顔が分かる2016年のインタビュー

Real Soundの2016年1月のインタビューでは、幼少期の自分についても話している。

平手は、小さい頃は元気で声が大きく、アニメ映画『となりのトトロ』のメイのような感じだったと振り返った。

また、幼少期の印象的な思い出として、節分の豆を鼻に詰めて取れなくなり、夜中に病院へ行ったエピソードも披露している。

こうした話からは、現在のステージ上の印象とは違う、好奇心旺盛で活発な子ども時代がうかがえる。

つまり、初期の平手は最初から無表情で近寄りがたい人物だったわけではない。

本人が語った明るい性格と、実際のパフォーマンスで見せる鋭い表情。その両方を持っていたことが、初期の魅力の一つだった。

「てち」と呼ばれた初期の平手

ファンやメディアでは、平手友梨奈は「てち」という愛称でも親しまれてきた。

2016年のSmart FLASHの記事でも、この愛称が使用されている。

「てち」という呼び方で親しまれる自然体の少女と、ステージ上で圧倒的な存在感を放つセンター。

この二つの印象が同時に存在していたことは、初期の平手を理解するうえで欠かせない。

初期と現在の顔を比較するときの注意点

昔の写真と2026年の写真を比較すると、顔つきや雰囲気が変わったように感じることがある。

ただし、2015年当時は14歳であり、2026年には25歳になっている。

成長に伴う輪郭や表情の変化に加え、ヘアメイク、衣装、照明、撮影方法、作品ごとのビジュアルコンセプトも異なる。

そのため、写真だけを根拠に顔の変化の原因を決めつけることはできない。

比較するなら、顔の造形だけではなく、表情の作り方や視線、写真全体から伝わる雰囲気にも注目したい。

【欅って、書けない?とお見立て会】デビュー前の平手友梨奈は何をしていた?

欅坂46の冠番組がスタート

欅坂46の活動初期を振り返る際に欠かせないのが、テレビ東京系の冠番組『欅って、書けない?』だ。

番組は2015年10月にスタート。結成から間もないメンバーたちが、自己紹介やさまざまな企画を通して個性を見せる場となった。

初期の放送では、自撮り映像による自己紹介なども行われ、まだテレビ出演に慣れていないメンバーの素顔が紹介された。

平手にとっても、ファン以外の視聴者に自分を知ってもらう重要な機会だった。

特に注目したいのは、初期の自己紹介映像について、後年のORICON NEWSの記事でMCの土田晃之が振り返っていることだ。

平手は複数の自己紹介映像でそれぞれ違う表情を見せており、土田はその表現の違いに早い段階から注目していたという。

このエピソードは、デビュー曲でセンターに選ばれる以前から、平手の表情の豊かさが周囲に認識されていたことを示している。

2015年11月のお見立て会

加入後の初期活動を語るうえで、もう一つ重要なのが「お見立て会」だ。

ソニー・ミュージックレーベルズが2015年10月27日に発表したプレスリリースによると、欅坂46初のお披露目イベントは次の日程で開催された。

- 開催日:2015年11月14日・15日
- 会場:Zepp DiverCity
- 対象:欅坂46の一期生
- 目的:ファンにメンバーをお披露目する初期イベント

デビュー前にもかかわらず、大型ライブ会場でイベントを開催することになった点からも、グループへの期待の高さが分かる。

この時期には公式アーティスト写真も公開され、平手の活動初期のビジュアルを確認できるようになった。

また、欅坂46公式サイトの2015年11月のニュースには、お見立て会のレポートが雑誌に掲載されることや、平手と渡辺梨加の対談が掲載されることも告知されている。

2015年12月にはFNS歌謡祭にも出演

2015年12月16日には、フジテレビ系『2015 FNS歌謡祭 THE LIVE』に出演。

Real Soundの2016年1月の結成記念インタビューでは、この出演について、先輩アイドルグループと同じ舞台に立って初パフォーマンスを披露した経験として紹介されている。

結成からわずか4か月ほどで、テレビ番組、お披露目イベント、音楽番組出演を経験した平手。

こうして、後のセンターとしての活動につながる経験を積み重ねていった。

【2016年4月】サイレントマジョリティーで初センター!14歳で起きた大きな転機

デビュー曲のセンターに抜擢

平手友梨奈のキャリアを語るうえで最大の転換点の一つが、2016年4月6日発売の欅坂46のデビューシングル「サイレントマジョリティー」だ。

この楽曲で平手はセンターポジションを担当した。

当時14歳。グループ最年少クラスのメンバーがデビュー曲の中心に立つという展開は、アイドルファンだけでなく、音楽業界からも注目を集めた。

楽曲のミュージックビデオは渋谷駅前の工事現場を舞台に撮影され、従来の王道アイドルソングとは異なるクールな世界観を打ち出した。

統率されたダンス、強いまなざし、メッセージ性のある歌詞。

その中心にいた平手の表現は、デビュー直後から大きな話題となった。

デビュー曲は初週26.2万枚を記録

2016年4月12日の日刊スポーツによると、「サイレントマジョリティー」は発売初週に26.2万枚を売り上げ、オリコン週間シングルランキングで初登場1位を獲得した。

加えて、当時の女性アーティストのデビューシングルとして、初週売上の歴代最高記録を更新した。

この数字は、欅坂46というグループのデビューがどれほど大きなインパクトを持っていたかを示すものだ。

平手自身も、デビュー直後のコメントで、結果に甘えず目の前のことを大切にしたいという姿勢を示していた。

なぜ14歳の平手がセンターとして注目されたのか

ORICON NEWSが2016年4月10日に公開した記事では、平手の低い声での歌い出し、強い視線、ステージ上のたたずまいが注目されている。

特に興味深いのは、普段の平手について、明るく天真爛漫な印象があったという土田晃之のコメントが紹介されていることだ。

つまり、初期から評価されていたのは単純なビジュアルや年齢の若さだけではなかった。

普段の親しみやすい雰囲気と、パフォーマンス中の強烈な存在感との落差が、平手の魅力として受け止められていたのである。

ここに、現在まで続く表現者としての原点を見いだすことができる。

【年代別年表】平手友梨奈の欅坂46加入から現在までの活動歴

初期の活動をより正確に理解するため、加入から2026年までの主な出来事を整理する。

時期 出来事・活動 意味・注目ポイント
2015年8月 欅坂46一期生オーディション合格 14歳で芸能活動の第一歩
2015年8月21日 欅坂46結成 21人でグループ活動を開始
2015年10月 『欅って、書けない?』放送開始 テレビで個性を披露
2015年11月14・15日 お見立て会 初のファン向けお披露目イベント
2015年12月16日 FNS歌謡祭 THE LIVE出演 初期の音楽番組出演
2016年1月 Real Sound初期インタビュー 応募理由や素顔を語る
2016年3月17日 デビューカウントダウンライブ 初の単独ライブ
2016年4月6日 『サイレントマジョリティー』発売 デビュー曲で初センター
2018年9月 映画『響-HIBIKI-』公開 映画初出演・初主演
2020年1月 欅坂46での活動終了 グループから離れる転換点
2020年 ソロ活動開始 個人名義で新たな活動へ
2025年8月 ソロ初ワンマンライブ「零」 ソロアーティストとしてのライブ活動
2026年6月3日 1stアルバム『無表情な表情』発売 ソロ初アルバムをリリース
2026年8月20日 武道館ライブ「アナタタチノカルテ」 日本武道館でワンマンライブ

※公式プロフィール、欅坂46公式発表、ソニーミュージック、ユニバーサルミュージック、TBSの公表情報をもとに整理。

欅坂46から俳優活動へ

2018年には映画『響-HIBIKI-』で映画初出演にして初主演を果たした。

この作品で平手は新人俳優賞を複数受賞。第42回日本アカデミー賞新人俳優賞、第31回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞、第28回日本映画批評家大賞新人女優賞を受賞している。

アイドルとしてのパフォーマンスだけでなく、映像作品でも表現力を発揮するようになった時期だ。

2020年1月には欅坂46での活動を終了。その後はソロアーティスト、俳優、モデルなど、個人での活動へと軸足を移していった。

【2026年最新】平手友梨奈の現在と初期から変わった表現力

2026年6月、ソロ初のアルバムを発売

2026年の平手友梨奈は、ソロアーティストとして新たな展開を迎えている。

ユニバーサルミュージックの2026年4月3日の発表によると、ソロ初となるアルバム『無表情な表情』が6月3日に発売された。

アルバムには全10曲を収録。

主な収録曲は次のとおりだ。

- bleeding love
- ALL I WANT
- イニミニマイニモ
- Shooting Star
- I'm human
- 俺らの未来
- 失敗しないメンヘラの育て方
- Kill or Kiss
- イマジナリーフレンド
- あざ

既発表曲に加え、初音源化楽曲や新曲も収録されている。

特に注目されるのが「Kill or Kiss」だ。テレビアニメ『マリッジトキシン』のオープニング主題歌として起用され、2026年4月7日に先行配信された。

欅坂46時代にグループの楽曲を届けていた平手が、現在は自身の名前を冠した作品で音楽表現を展開している。

2026年8月には日本武道館でワンマンライブ

2026年8月20日には、ソロ初となる日本武道館ライブ「アナタタチノカルテ」を開催した。

TBSチャンネルの番組紹介によると、この公演は全編オリジナル楽曲で構成され、歌声、表情、ダンスに加え、バンドやダンサー、映像、ステージセットを組み合わせた演出が特徴だった。

2025年8月のZepp DiverCityでの初ワンマンライブに続く、2度目のワンマンライブでもある。

アイドルグループのセンターとして見せていた表現から、ソロアーティストとして自分の音楽世界を構築する段階に進んでいる。

2026年9月にはイベント出演キャンセルを発表

2026年9月4日、所属事務所のクラウドナインは、10月4日に出演予定だった「XMF 2026」の出演キャンセルを発表した。

公式発表では、喉の不調について医師の診察を重ねた結果、一定期間の療養と安静が必要との見解を受けたことが理由として説明されている。

本人とスタッフで協議したうえで、万全なパフォーマンスが難しいと判断したという。

この発表は特定イベントへの出演キャンセルに関するものであり、それだけをもって今後の活動全体について判断することはできない。

2026年11月3日時点では、アルバム発売と武道館公演という大きな活動実績があり、直近の公式発表では療養を優先する方針が示されている。

初期と現在を比較すると見えてくる3つの変化

平手友梨奈の初期と現在を比べると、単純に外見が変わったという話だけでは説明できない変化がある。

1. 表現の中心がグループから個人へ

初期は欅坂46というグループの楽曲を届けるセンターだった。

現在は自身の楽曲を制作・発表し、ソロライブで独自の世界観を表現する立場になっている。

2. 表情の使い方が作品ごとに多様化

初期の写真やインタビューでは、自然な笑顔とパフォーマンス時の鋭い表情の対比が目立っていた。

現在は楽曲やライブの演出に合わせて、歌声、視線、身体表現を組み合わせるスタイルが見られる。

3. アイドル活動から音楽・映像表現へ

映画『響-HIBIKI-』での主演や、2026年のソロアルバム発売は、表現者として活動の幅を広げてきたことを示している。

初期のセンター経験はキャリアの重要な出発点だが、現在の活動はそこにとどまっていない。

【初期の評判と誤解】平手友梨奈は昔から無表情だった?

初期からクールな性格だったというのは本当?

平手友梨奈について、ネット上では「昔から笑わなかった」「最初から近寄りがたい雰囲気だった」といったイメージで語られることがある。

しかし、初期のインタビューや当時の報道を確認すると、必ずしもそうではない。

2016年のReal Soundのインタビューでは、本人が幼少期の明るい性格について語っている。

また、ORICON NEWSの記事では、普段の平手について、天真爛漫で明るい印象だったという土田晃之の評価が紹介されている。

このことから、ステージ上の表情だけを見て、普段の性格まで判断するのは適切ではない。

初期の評判はどのようなものだった?

デビュー直後の評価を示す客観的な材料として、2016年4月の報道がある。

「サイレントマジョリティー」の初週売上は26.2万枚。オリコン週間ランキングで初登場1位を獲得した。

当時の報道では、平手の年齢に似合わない存在感や、楽曲のメッセージ性、ミュージックビデオの独特な演出が注目された。

また、他のアイドルグループのメンバーや芸能関係者からも、センターとしての表現力に注目が集まっていた。

つまり、初期の評判を支えていたのは、単に「かわいい新人アイドル」という評価だけではなかった。

14歳という若さと、年齢を感じさせないパフォーマンスとのギャップが、強い印象を残したのである。

初期画像から整形や顔の変化を断定できる?

昔の写真と現在の写真を比較する記事や投稿は多いが、顔の印象が変わったことと、特定の美容施術を受けたことは別問題だ。

2015年当時の平手は14歳。現在は25歳であり、年齢による成長やヘアメイクの違いがある。

また、欅坂46時代とソロ活動では、作品の方向性や衣装、撮影環境も異なる。

そのため、初期画像と現在の画像だけを使って整形の有無を判断する根拠はない。

写真を比較する際は、撮影時期、媒体、メイク、表情、撮影条件をそろえて見ることが大切だ。

初期の平手友梨奈を理解するための判断基準は、見た目の変化だけではなく、本人の発言、当時の活動記録、作品での表現を合わせて確認することにある。

【平手友梨奈の初期】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:平手友梨奈が欅坂46に加入したのはいつ?

A1:2015年8月に欅坂46の一期生オーディションに合格した。グループは2015年8月21日に結成され、当時の平手は14歳だった。

Q2:平手友梨奈がオーディションを受けた理由は?

A2:本人は2016年のReal Soundのインタビューで「自分を変えたくて受けた」と説明している。学校では本来の明るい自分を出せなかったことも、応募の背景にあった。

Q3:平手友梨奈の初センター曲は何?

A3:2016年4月6日発売の欅坂46のデビューシングル「サイレントマジョリティー」。当時14歳でセンターを担当した。

Q4:平手友梨奈の初期の笑顔が見られる番組は?

A4:テレビ東京系『欅って、書けない?』の初期放送や、2016年の雑誌インタビューなどで、当時の自然な表情や笑顔を確認できる。

Q5:平手友梨奈の昔の写真と現在の顔はなぜ違って見える?

A5:2015年当時は14歳で、2026年には25歳になっている。年齢による成長のほか、髪型、メイク、衣装、撮影方法、作品のコンセプトなどが異なるため、印象にも違いが生まれる。

Q6:2026年現在の平手友梨奈は何をしている?

A6:2026年6月3日にソロ初のアルバム『無表情な表情』を発売し、8月20日には日本武道館でワンマンライブ「アナタタチノカルテ」を開催した。9月には喉の不調によるイベント出演キャンセルが公式発表されている。

まとめ:平手友梨奈の初期は現在につながる表現力の原点

平手友梨奈の初期を振り返ると、2015年の欅坂46加入から2016年の「サイレントマジョリティー」初センターまでの期間は、単なる新人アイドル時代ではなかったことが分かる。

14歳の少女が、自分を変えたいという気持ちからオーディションに応募し、テレビ番組やお見立て会で経験を積み、デビュー曲のセンターとして大きな注目を集めた。

当時のインタビューや写真に残されているのは、自然な笑顔を見せる明るい少女の姿。そして、音楽が始まると一変する鋭い表情と強い存在感だ。

この二面性こそ、初期の平手友梨奈を語るうえで見逃せないポイントである。

2026年にはソロ初のアルバムを発売し、日本武道館でのワンマンライブも実現した。欅坂46時代のセンター経験を出発点としながら、現在は個人として新しい音楽表現に取り組んでいる。

昔の写真だけでは分からない本人の思いや、当時のインタビューに残された言葉をたどることで、現在の平手友梨奈の表現がどのような経験から生まれてきたのかが見えてくる。

平手友梨奈の初期は、完成されたスターの過去ではない。自分を変えたいと願った14歳が、自分自身の表現を見つけていく出発点だった。


主な確認資料: ソニーミュージック公式プロフィール、欅坂46公式発表、Real Sound(2016年1月3日)、Smart FLASH(2016年6月24日)、ORICON NEWS(2016年4月10日)、日刊スポーツ(2016年4月12日)、ユニバーサルミュージックおよびクラウドナインの2026年公式発表、TBSチャンネルのライブ情報。

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安曇 瑞希
コンテンツディレクター 安曇 瑞希
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人物プロフィール担当として9年以上の取材経験。profile領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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