元フィギュアスケート日本代表の渡部絵美さんは、2026年現在、67歳を迎え、ラジオパーソナリティーやプロスケーター、スケート教室の講師など、幅広い活動を続けています。現役時代に全日本選手権8連覇を達成し、1979年の世界選手権では銅メダルを獲得。1980年のレークプラシッド冬季五輪では6位入賞を果たした、日本フィギュアスケート界の先駆者です。
現在の代表的な仕事は、ラジオ番組「Nissho プレゼンツ 渡部絵美の住まいるハウス」のパーソナリティーと、各地でのスケート教室です。2026年2月にはテレビ番組「ゴゴスマ」にも出演し、フィギュアスケートや五輪について解説しました。私生活では2020年に再婚したことも公表されています。競技生活を終えて40年以上が経過した今、どのような暮らしと仕事を送っているのでしょうか。
【2026年最新】渡部絵美の現在は?67歳の仕事と近況

渡部絵美さんは2026年現在、芸能活動だけにとどまらず、自身の競技経験を生かした仕事を続けています。
1959年8月27日生まれのため、2026年8月27日に67歳になりました。東京都出身で、幼少期からフィギュアスケートに親しみ、1970年代には日本を代表する女子選手として活躍しました。
現在の主な活動はラジオ・スケート教室・テレビ出演
2026年に確認できる主な活動は、次のとおりです。
- ラジオ番組「渡部絵美の住まいるハウス」のパーソナリティー
- 全国各地でのスケート教室やスポーツイベントへの参加
- テレビ番組でのフィギュアスケート解説・ゲスト出演
- 講演会や企業・自治体関連のイベント出演
特に注目されるのが、ラジオとスケート指導という異なる分野での活動です。
2026年2月17日と18日には、CBC・TBS系の情報番組「ゴゴスマ」に2日連続でリモート出演。ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート競技などについて、元日本代表としての経験を踏まえたコメントを届けました。
デイリースポーツの報道では、久しぶりのテレビ出演に対して、視聴者から懐かしさを感じる反応や、現役時代を思い出す声が寄せられたことも紹介されています。
かつての競技実績を懐かしむだけでなく、現在のフィギュアスケートを語れる経験者として、メディアから求められていることがうかがえます。
【ラジオ出演】渡部絵美の住まいるハウスとは?2026年も放送中
2026年の渡部絵美さんの活動を語るうえで欠かせないのが、ラジオ番組「Nissho プレゼンツ 渡部絵美の住まいるハウス」です。
この番組は、TBSラジオとHBCラジオの共同制作。渡部さんがパーソナリティーを務め、TBSアナウンサーの小笠原亘さんも出演しています。
ゲストとの対話を中心にした30分番組
番組の中心となる企画は、渡部さんが「今、会いたい人」「話を聞きたい人」をゲストに迎えるトークです。
スポーツ選手だけでなく、さまざまな分野で活動する人物を招き、これまでの経験や日常生活について話を聞きます。
加えて、住宅やリフォームに関する情報を紹介するコーナーも設けられています。スポーツの話題だけに限定せず、住まいや暮らしに役立つ情報も届ける構成です。
2026年11月1日にも放送を確認
2026年11月1日には、RKBラジオで同番組の放送が確認できます。放送時間は正午から午後0時30分まででした。
また、10月31日にはMROラジオでも放送されており、複数の地方局で番組が展開されています。
2026年9月には北海道で開催されたHBCラジフェスの公開収録企画も配信されました。9月19日配信回では、HBCラジオのパーソナリティー斉藤こずゑさんをゲストに迎え、日本ハムファイターズへの思いなどを語る内容が紹介されています。
10月3日配信回では、ミラノ・コルティナ五輪のメダリストでスキージャンプ選手の二階堂蓮さんが登場しました。
こうした放送実績を見ると、渡部さんのラジオ活動は単発の出演ではなく、継続的な番組パーソナリティーとしての仕事になっています。
番組はradikoやポッドキャストでも配信されており、放送局によって放送日時が異なります。リアルタイムで聴けない人でも、配信を通じて番組に触れられる点が特徴です。
【スケート教室】67歳でもリンクに立つ渡部絵美の引退後の活動
渡部絵美さんの現在を理解するうえで、もう一つ重要なのがスケート教室です。
1980年に競技生活から引退した後も、スケートとの関わりを絶つことはありませんでした。プロスケーターとして活動しながら、全国各地で初心者や子どもたちにスケートの楽しさを伝えてきました。
2026年3月には旭川で子ども向け教室を開催
2026年3月21日には、北海道旭川市の道北アークス大雪アリーナで「Nissho&YKK APプレゼンツ 渡部絵美 子どもスケート教室」が開催されました。
北海道新聞旭川支社のイベント情報によると、開催時間は午後2時から午後3時30分まで。対象は旭川市内と近郊の小学生・中学生で、参加費は無料、貸しスケート靴のレンタル料は別途400円でした。
このイベントは旭川で前年に続く2回目の開催となり、特別ゲストにはスピードスケートの長野五輪銅メダリスト、岡崎朋美さんが参加しました。
トップアスリートとしての経験を持つ2人が子どもたちと接する機会は、競技の魅力を伝えるうえでも貴重なものです。
東京でも継続的なアイススケート教室を実施
東京では、2026年3月29日に東京辰巳アイスアリーナのサブリンクで渡部絵美アイススケート教室が開催されました。
運営を支援するスターツの公式活動紹介によると、この教室は2008年から協賛を受けながら継続されています。
対象は満4歳以上で、子どもから大人まで参加できる仕組みです。ジュニア世代の入門や育成を目的としながら、初心者や経験者を問わずスケートを楽しめる機会を提供しています。
長年にわたって教室を続けていることは、渡部さんの引退後の活動を象徴する実績です。
なぜ67歳になってもスケート指導を続けるのか
渡部さんの活動には、競技者として得た経験を次世代へつなぐという側面があります。
フィギュアスケートは、技術だけでなく、氷上でのバランス感覚や音楽に合わせた身体表現など、幅広い能力が求められる競技です。
世界選手権やオリンピックを経験した選手から直接指導を受けられることは、子どもたちにとって大きな刺激になります。
競技生活を終えた後もリンクに立ち続ける姿は、渡部さんにとってスケートが単なる過去の仕事ではなく、長く関わり続けるライフワークであることを感じさせます。
【経歴・実績】全日本選手権8連覇から世界選手権銅メダルまで
渡部絵美さんが現在もフィギュアスケート界で知られる理由は、1970年代に残した圧倒的な競技実績にあります。
1972年、12歳で全日本選手権に初優勝。その後、1979年まで8年連続で優勝を重ねました。全日本選手権8連覇は、当時の日本女子フィギュアスケート界において大きな記録でした。
1979年世界選手権で日本女子初のメダル
国際舞台での最大の実績は、1979年のウィーン世界選手権です。
渡部さんは女子シングルで3位となり、銅メダルを獲得しました。これは日本女子選手として初めての世界選手権メダルでした。
日本オリンピック委員会(JOC)の女子フィギュアスケートの歴史に関する資料でも、1979年の渡部さんの順位は3位と記録されています。
なお、メダルの色については銀ではなく銅が正確です。国際競技記録でも3位となっています。
1980年レークプラシッド五輪では6位入賞
1976年のインスブルック五輪に16歳で出場した渡部さんは、女子シングルで13位となりました。
その後、1979年の世界選手権で銅メダルを獲得し、翌1980年のレークプラシッド五輪では6位入賞を達成します。
当時は現在のように技の難度や出来栄えが細かく数値化される採点方式ではなく、審判の評価が競技結果に大きく影響していました。
日刊スポーツの連載記事では、五輪での演技や当時の競技環境、渡部さんが経験した苦労についても詳しく紹介されています。
渡部絵美の主な経歴・年表
| 年代 | 出来事・活動 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 1959年 | 東京都で誕生 | 8月27日生まれ |
| 1969年 | アメリカへスケート留学 | 技術向上を目指して海外で練習 |
| 1972年 | 全日本選手権初優勝 | 12歳で優勝 |
| 1972~1979年 | 全日本選手権 | 史上初の8連覇 |
| 1976年 | インスブルック五輪 | 女子シングル13位 |
| 1979年 | ウィーン世界選手権 | 日本女子初の銅メダル |
| 1980年 | レークプラシッド五輪 | 女子シングル6位入賞 |
| 1980年6月 | 競技生活から引退 | プロへ転向 |
| 2008年以降 | アイススケート教室 | 継続的な指導活動 |
| 2020年9月 | 再婚 | 6歳年下の会社員男性と結婚 |
| 2026年 | ラジオ・スケート教室 | メディア出演や次世代への指導を継続 |
この経歴から分かるのは、渡部さんが単に過去の有名選手というだけではないことです。競技者、プロスケーター、タレント、指導者、ラジオパーソナリティーと、活動の形を変えながらスケートとの接点を維持しています。
【結婚・家族】渡部絵美は現在結婚している?夫や私生活を調査
渡部絵美さんの私生活についても、現在を検索する人が気になるポイントです。
渡部さんは2020年9月、6歳年下の会社員男性と再婚しています。この事実は2022年12月31日のスポーツニッポンの報道で明らかになりました。
61歳で再婚を決断した理由
スポニチの取材によると、2人は共通の趣味であるゴルフをきっかけに交際へ発展しました。
交際期間を経て、2020年9月に結婚。渡部さんは、コロナ禍で将来を考えるようになり、何かあったときに支え合える関係を築きたいと考えたことを結婚の理由として説明しています。
61歳での再婚ということもあり、当時は幅広い世代から注目を集めました。
夫とは北海道と東京を行き来する別居婚
2024年6月にテレビ朝日系「徹子の部屋」へ出演した際には、夫との生活についても紹介されました。
テレビ朝日POSTなどの番組関連報道によると、夫は北海道在住で、転勤や出張も多い生活を送っています。
そのため、夏は北海道、冬は東京を中心に、それぞれの住まいを行き来する別居婚というスタイルを取っていると紹介されました。
一緒に暮らすことだけを夫婦の形とせず、仕事や生活環境に合わせて距離を保ちながら関係を築いている点が特徴です。
また、愛犬も夫に懐いており、夫婦の関係をつなぐ存在として番組で紹介されています。
渡部絵美の家族構成は?
渡部さんは日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれました。
2024年の「徹子の部屋」出演時には、両親の出会いや結婚にまつわるエピソードも紹介されています。
父親は軍人としてフィリピンに赴任していた時期に母親と出会いました。当時は国際結婚に対する周囲の反対もありましたが、母親は父親への愛情を貫き、日本へ渡ったと伝えられています。
渡部さん自身の家庭については、過去のブログなどで息子の存在に触れたことがあります。また、現在の夫との再婚についても公表されています。
ただし、家族それぞれの現在の生活や詳細なプロフィールについては、公開されている情報が限られています。現在の活動と家族のプライバシーは分けて考える必要があります。
【若い頃と現在を比較】渡部絵美の評判は?昔と変わらない魅力
渡部絵美さんは、現役時代と現在では活動の中心が大きく変わっています。
若い頃は日本を代表するフィギュアスケーターとして競技の第一線で活躍し、現在はスポーツの魅力を伝える立場として活動しています。
若い頃は「絵美スマイル」で人気を集めた
1970年代の渡部さんは、明るい笑顔と華やかな演技で人気を集めました。
当時は「和製ジャネット・リン」とも呼ばれ、親しみやすい演技スタイルで多くのファンを獲得しました。
競技面でも、全日本選手権8連覇や世界選手権銅メダルなど、国内外で結果を残しています。
特に1979年の世界選手権での銅メダルは、日本女子フィギュアスケートが世界に存在感を示す大きなきっかけとなりました。
現在は経験を伝える解説者・指導者として評価
現在の渡部さんは、競技成績だけでなく、長年にわたる経験を持つ元五輪選手としてメディアや教育活動に関わっています。
2026年2月の「ゴゴスマ」出演では、ミラノ・コルティナ五輪に関するフィギュアスケートの話題を担当しました。
デイリースポーツが紹介した視聴者の反応には、懐かしさを感じる声や、久しぶりに姿を見たことへの驚きがありました。一方で、現役時代と現在の競技環境の違いに注目する反応も取り上げられています。
こうした反応は、渡部さんが1970年代から1980年代にかけて日本のフィギュアスケートを代表する存在だったことを物語っています。
若い頃と現在の違いを比較
- 若い頃:全日本選手権8連覇を達成し、世界選手権やオリンピックで日本代表として競技に挑戦。
- 引退直後:プロスケーターやタレントとして活動の幅を広げる。
- 現在:ラジオ、テレビ、スケート教室、講演などを通じて経験を伝える。
注目したいのは、若い頃の実績を振り返るだけの活動にとどまっていない点です。現在の競技を語り、子どもたちにスケートを教え、ラジオではスポーツ以外の分野にも関心を広げています。
過去の実績を現在の仕事に生かしていることが、渡部さんの活動の大きな特徴です。
【プロの結論】渡部絵美の現在から分かる引退後のキャリア形成
渡部絵美さんの歩みから見えてくるのは、トップアスリートの引退後には、競技成績とは別の価値を築く道があるということです。
現役時代のように大会で順位を競うことはなくなっても、競技を通じて身につけた技術や経験、知名度は新たな仕事につながります。
競技経験を教育活動に転換する
スケート教室は、渡部さんの競技経験を次の世代へ引き継ぐ活動です。
特に初心者や子どもたちにとって、世界選手権のメダリストから直接指導を受けられる機会には特別な価値があります。
ラジオを通じてスポーツ以外の接点を広げる
「渡部絵美の住まいるハウス」では、スポーツ関係者だけでなく、さまざまな分野のゲストを迎えています。
競技の専門知識を生かしながら、住宅や生活の話題にも触れることで、従来のフィギュアスケートファン以外にも接点を広げています。
過去の実績と現在の活動を分けて評価する
渡部さんの現在の評判を考える際には、現役時代の知名度だけでなく、2026年に実際に続けている仕事にも注目する必要があります。
テレビ出演の頻度だけで活動状況を判断するのではなく、ラジオの継続出演やスケート教室の開催など、複数の活動を合わせて見ることが大切です。
67歳になった現在も、長年培ってきた経験を社会に還元している点こそ、渡部絵美さんのキャリアを評価するうえで要点です。
渡部絵美の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:渡部絵美は2026年現在何歳ですか?
A1:1959年8月27日生まれで、2026年11月現在67歳です。
Q2:渡部絵美は現在何の仕事をしていますか?
A2:ラジオ番組「Nissho プレゼンツ 渡部絵美の住まいるハウス」のパーソナリティーを務めるほか、スケート教室、テレビ出演、講演活動などを行っています。
Q3:渡部絵美のスケート教室は現在も開催されていますか?
A3:はい。2026年には旭川市の道北アークス大雪アリーナや東京辰巳アイスアリーナで教室が開催されました。
Q4:渡部絵美は現在結婚していますか?
A4:2020年9月に6歳年下の会社員男性と再婚しています。2024年のテレビ出演時には、北海道と東京を行き来する別居婚生活が紹介されました。
Q5:渡部絵美の1979年世界選手権の成績は銀メダルですか?
A5:銅メダルです。1979年のウィーン世界選手権で3位となり、日本女子選手として初めて世界選手権のメダルを獲得しました。
Q6:渡部絵美はなぜ有名なのですか?
A6:全日本フィギュアスケート選手権8連覇、1979年世界選手権銅メダル、1980年レークプラシッド五輪6位入賞などの実績があるためです。日本女子フィギュアスケートの歴史を切り開いた選手の一人として知られています。
まとめ:渡部絵美は67歳の現在もスケートとメディアで活躍
渡部絵美さんは2026年現在67歳。現役時代の輝かしい競技実績を土台に、ラジオパーソナリティー、スケート教室の講師、テレビ出演など、多方面で活動を続けています。
特に2026年は「渡部絵美の住まいるハウス」の継続的な放送や、旭川・東京でのスケート教室、五輪関連のテレビ出演など、近況を確認できる活動が複数あります。
私生活では2020年に再婚し、北海道と東京を行き来する夫婦生活についても紹介されました。
1972年から1979年までの全日本選手権8連覇、1979年世界選手権銅メダル、1980年レークプラシッド五輪6位という記録は、現在も色あせていません。
渡部さんの魅力は、過去の栄光だけにとどまらず、その経験を次世代の育成やスポーツの普及、メディアでの発信に生かしていることです。これからもラジオやスケート教室などを通じて、どのような活動を見せてくれるのか注目されます。
67歳を迎えてもリンクやメディアで活躍する渡部絵美さん。その現在は、長年愛してきたスケートとともに歩み続ける人生そのものを映し出しています。
主な事実確認資料
- 日本オリンピック委員会(JOC):世界選手権・オリンピックの歴代成績。
- 日刊スポーツ:競技人生、全日本選手権8連覇、引退までの経緯。
- スターツ公式:2026年のスケート教室開催情報。
- radiko・TBS Podcast:2026年のラジオ番組放送・配信情報。
- スポニチ・テレビ朝日POST:2020年の再婚と2024年に紹介された夫婦生活。
- デイリースポーツ:2026年2月の「ゴゴスマ」出演。